ジョニーに初めて会ったとき、けっこう真剣にドキドキと一目惚れをしました。

マウイ育ちのジョニーは地元のちょっとおぼっちゃま系私立高校に通うシニア高校生(高校4年生)、サラサラとした長めの金髪に、いかにもスポーツマン的な体格、もちろん文句なしのハンサム、そして何よりも私の気をひいたのは教育をしっかり受けてきていい子に育ってきたことを表している知的で正直な目の輝きでした。ジョニーに自分の息子の将来を重ね合わせ、私の息子もこんな知的で正直な目の輝きを放つ高校生に育ってほしいなと思ったのでした。 ですから一目惚れといっても、彼氏にしたいとか結婚したいとかそういう感情とはちょっと違って、この場合は残念ながら母親的(私も歳とっちゃったな〜)な感情です。(もちろん私が若かったら、状況も感情も違うので間違いなく夢中にだったと思いますが。。。) このジョニー君、はるかずいぶん前に我がウインドサーフショップでバイトで働いていました。高校生で仕事経験はないけれど、人間性重視で即採用でした。

ジョニーは高校のフットボールの選手、シーズン中は怪我をするといけないのでコーチからウインドサーフィンはするなと言われていました。 でも風が吹くとたまらず、そーっと(かどうかはわかりませんが)やっていました。 そんなジョニーも高校を卒業し、海関係の仕事に就きたいから海洋学を勉強すると言ってマウイを離れ、アメリカ本土オレゴンの大学へ進みました。 それから1年後位のこと、風の噂でジョニーが大学辞めてマウイに戻ってきたと聞きました。 ”なんで〜???” ”大学が超ド田舎にあって、まわりにな〜んにもなくて、最も最悪なのが、チキンカツがないからだって!” (チキンカツ=ご飯とマカロニサラダが付け合わせになっているハワイローカル好物プレートランチメニューの定番。ハワイにはどこでもあるけど、アメリカ本土にはこの食文化はありません。)
それからしばらくは、”チキンカツが恋しくてマウイに戻ってきたジョニー”と長いあだ名をつけられて、勝手に噂をしていました。 そのジョニーに、ラハイナハーバーで偶然会いました。 子供のボーイスカウトでキャンプをしにいく為にラナイ島行きのフェリー待ちをしている時、うれしそうにひとなつっこい笑顔で近寄ってきてしっかりと Hug(愛情を込めて抱きしめる=こちらではあいさつです)してきました。 クジラの研究とボートツアーを行っているパシフィックホエールファウンデイションで働いていると言います。 マウイのほうがいいから戻ってきたと言っていました。 なんだかジョニーはすごくうれしそうで、僕はマウイが好きなんだと全身で語っている幸せなローカルボーイそのものでした。 そんなはじけそうにうれしそうなジョニーを見て、”自分がハッピーな場所に戻ってきて良かったね!”と言いました。 (チキンカツも食べられるしね!とは言いませんでしたが。。。)

 

”バイトで働いてもらう人、ついに決まったよ!” 誰だと思う???” と私の主人が言いました。

今回は不況の嵐の中仕事を探している人はとてもたくさんいて、経験や技能適正が明らかに文句なしの候補者も何人かいたそうですが、この難関(!?)を突破したその人は、まさに今私の息子が通っている高校を1昨年前に卒業したばかりのジャレッド、マウイで生まれ育ったローカルボーイです。”今日ショップにのぞきに行ってジャレッドに会ったよ。一目あった瞬間からもう好きだったよ。” というのが私のその後の反応でした。

ジャレッドは起こる状況にいちいちほとんど反応しない大らかなハートを持っていて、マウイの空気に同化している木や植物のように最初から自然にそこに居るような、そんなローカルボーイです。 何でも受け入れる優しい目が、いい子にのびのびと育ってきたことを物語っています。(また母親の目になっている私)

ジャレッドはサーファーなので、”君の新人研修はまずウインドサーフィンからです”というわけで、ある朝、インストラクターをジャレッドの為に派遣しカナハビーチでレッスンを受けてもらう予定にしていました。 ところが当日になってほかの生徒さんが朝寝坊をした為レッスン開始の時間が急遽変更になってしまい、ジャレッドは1時間ほど1人でカナハで待ちぼうけ、大慌てでやっと連絡をとって謝ると ”そうなんだよ、誰もいないんだよ〜。でもここにいると気持ちいいからまったく問題ないよ” なんて言って、本当にまったく動じていません。 逆に、それよりもなぜ連絡をとろうともせずそんなに長い時間人を待てるのか、そっちのほうが不思議です。。。

さすがサーファーボーイは、ウインドサーフィン研修は難なくパス。 こだわりのないローカルボーイはショップではどんな仕事だって嫌な顔ひとつせず、なんでもこなします。 店番でお客さまの相手をするだけにとどまらず、時には敷地内の植木をきれいに刈ったり、ショップ内のペンキ塗り、壊れた器具の修理 まで何でも自分たちでします。

そう、ハワイではこだわりがあると生きていけません。 例え店長という肩書きがついていたって、仕事はゴミだしにトイレ掃除から始まり、この私にしたって、汗と飛び散った草にまみれて脱水症状になりながら重い手押し芝刈り機に手動草刈り機で庭仕事をし、ゴキブリやムカデに遭遇すれば自分でやっつけないといけません。

 

さて最近、今回は真剣に”私が好きなタイプ!”と惹き付けられた人がいます。

私の息子カイが大好きな学校の歴史の先生ステファンです。 学校のオープンハウス(親のクラス訪問)にて、ステファン先生は自分の自己紹介を兼ねてどういう子供時代を過ごして育ってきたかということをトクトクと話しており、日本で育った私としては、マウイで育つとどういう風な人生を歩むのか興味津々で、耳を傾けていました。 マウイ育ちのステファンは、アップカントリーで育ち、私の息子が通う高校を卒業して、ハワイ大学(オアフ島)へ進みました。 修士課程を終了し、博士課程に進み大学に在学していたところ、卒業した高校の校長先生から、歴史の先生に空きがでたから今すぐ来ないかと誘われました。 ”自分を育ててくれた地域社会に恩返しができることほど幸せなことはない。 だいたいオアフ島はマウイに比べて大都会だし、マウイの田舎者が大都会で先生やるってのもどうも似合わないな”と思い、マウイに戻ってきたそうです。 ”成績は妥協しないで厳しくつけるからな!”なんて言いながらも、先生というよりも、生徒のお兄さんって感じで、日に焼けたごっつい体格と大きな声ときらきら光る目と元気指数120%で、フットボールと男子バスケットのアシスタントコーチをやっています。息子のカイはバスケットボール部です。ある日練習を見ていたら、その日は体力強化の日だったようで、コートのはじからはじまでの往復を何度も何度も決められた時間制限内で永遠に走らされています。 男の子たちはみんな吐きそうなほどに苦しそうです。”疲れたよ〜、もう走りたくないよ〜”というオーラを全員が体中から発している空気の中、”おまえら〜、うちの高校のプライドはないのか! 苦しくなったらココ(ゲンコツで自分の胸の真ん中を叩きながら)で走るんだ、ココで!” と怒鳴っており、青春ドラマを地でいっているピュアな体育会系魂を感じます。この熱いステファン先生のほかのアシスタントコーチ3人とも、かつて昔一緒にバスケットボールをしていた友達同士とのこと、そのまま一緒に大きくなってまだ一緒にバスケット(今回はコーチだけど)をしているというわけで、地域社会の結束をとても強く感じてしまいます。

 

私は自分自身が男っぽい性格なので、男の子は大好きで、話がとても長〜くなってしまいましたが、、、

最後にこの人は私が一番愛しているローカルボーイ。

日本で生まれ、2ヶ月の時に親に勝手にマウイに連れてこられたマウイ育ち。 親が日本人なのにも関わらず、日本語を話したがらず、思いっきりピジョンイングリッシュ(ハワイ訛りの英語)。

親は共働きで忙しく日本語を落ち着いて教える時間もとれず、日本人会もないし(実はなんとなくあるようですが時間がなく関わったことがない)、英語社会の中でほかの友達やその親が一緒に居るときに自分たちだけ日本語で会話するのはとても失礼だと感じていた為、家の外では親子でも英語で会話をすることがほとんど、結果、本当に日本語を使えない2世になりつつあります。 高校では、言語の選択科目で日本語かスペイン語を選べるのですが、非国民なことに日本語を選ばずに、スペイン語を選んでいます。 スペイン語のほうがカッコいいからだそうです(母親は理解不可能。。。)。

日本人の親としては多少危機感を感じ、ある日言ってみました。 ”あのさ〜、高校生の間に半年か1年位、日本の高校へ行ってみたら? そうすれば日本語も話せるようになるよ。 あんた、ラーメン好きでしょ?”(ものすごい思いつき発言)

local boy息子のカイは車の助手席でホキーパの海風に吹かれながら私に言いました。

"NO, Mom.  This is perfect,  THIS LIFE is perfect here." (マウイは完璧に最高なんだよ! もう完璧に最高!)