メイドオンマウイ元気のスパイス

元気のスパイスを、ハワイマウイ島からお届けします。 アロハエッセンスとマウイの風を感じてもらえるとうれしいです。

子育て

Journey - 卒業、そして旅はいつも「始まり」から

アップカントリーにパープルのジャカランダが咲き始めるのは3月初め頃、夏の終わり頃まではアップカントリーのどこかしらで見る事ができます。

ジャカランダがさきほこっている5月は卒業式のシーズンです。

ハワイの学校の新学年新学期は長い夏休みが終わって8月からなので、夏休みの前が学年末そして卒業式です。

jac (パープルのジャカランダがきれい〜。クリックして見てください)

 

同じ町でエレメンタリースクール(小学校)、ミドルスクール(中学校)、ハイスクール(高校)とずっとパブリックスクールだった息子のカイにとっては、ハイスクールの卒業は大きな節目です。 パブリックスクール(公立)は高校受験はないので、エレメンタリースクールから一緒の友達は13年、公立のエレメンタリースクール5校分が1カ所に集まって大きくなったミドルスクールから一緒の友達は7年、ずっと一緒に学び育ちます。

日本語の「卒業」という言葉は、「終わり」や「別れ」的な要素が多く、「達成感」や「旅立ちへの希望」よりもむしろ物悲しかったような気がします。

英語の卒業=Graduationという言葉は、別の言葉でCommencement(始まり)とも言われます。

卒業式のパンフレットには "Leaving the shore"(岸を離れる=出航、船出、旅立ち)と書いてありました。

終わりではなく「始まり」であり「旅立ち」です。 先生や親など送り出す側から見たら「巣立ち」といったほうがしっくりくるかもしれませんが(母親的にはちょっと涙だけど。。。)、

「始まり」という前向きな視点はとても好きです。



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Class of 2012(2012年卒業生)が年度始めに自分たちで選んだ学年テーマは "This is not the end."でした。

高校生最後の年ですが、This is not the end. = これで終わりじゃないゼ! というわけです。

こちらの学校システムは小学校であっても義務教育であっても規定の学業成績を達成しなければ自動的に落第するので(慈悲なし、根回しもききません)、

高校卒業は大きな達成でもあります。 
(ちなみに、学校側から一方的に落第させられるだけではなく、特に小学校や中学校位のときは本人と親が自発的に同学年にもう1年とどまったり1年遅らせたりすることはまったく普通のことで、逆に頭がよすぎて学年を途中でとばしで進級する人も時々います。 どちらにしても個人にあったペースで確実に必要なことを学ぶことが最も重要ということです。入学してしまえば自動的に卒業できるようなうやむやなシステムではありません。)


落第一歩手前ぎりぎりで卒業できたディーは校長先生から卒業証書を受け取った瞬間、2000人位の観衆の前で半べそで狂ったようにそれは派手に喜んでいました。。。このディーは小学校のとき息子のカイと同じ野球チームで、コーチのサインを100年たっても覚えず、バッターボックスに立つたびに頭の上は?マークだらけで、毎回バントかスイングしていいのかジェスチャーでコーチに確認(よって、サインをだす意味ぜんぜんなし)していたことを思い出しました。 よかったね〜。

かと思えば、優秀な成績をおさめて学業表彰されてさらにスポーツ選手としても表彰されていたマックスは、卒業式2週間前に下級生とふざけていたのがマジ喧嘩に発展し停学となってしまった為、

卒業式に出席することができず。。。(学校行事や遠足行事の数週間前に停学をくらうと、自動的に行事には参加できなくなります。慈悲なし、謝罪による挽回なし)

ついでに言うと、高校のスポーツリーグでは該当のスポーツシーズン中には2週間ごとに「学業成績チェック」というのがあり、その時点で宿題や課題が提出されていなかったり落第点をとっていたりすると2週間試合にでることができません。時々これにひっかかる選手がいてそれがまたベストプレイヤーだったりなんかすると、特にチームスポーツの場合には勝敗に大きな計算違いが生じてしまったりもするので、高校生のリーグは何があるかまったく予測もつきません。


卒業式の2日前に学業表彰やスポーツ表彰、奨学金表彰がされる表彰式がありました。

校長先生はじめ各科目担任の先生や学生行事の先生、そしてこの日は特別ゲストもきています。

特別ゲストは奨学金を寄付した市民団体の代表や個人です。

表彰式の中で、ある生徒が奨学金の目録と一緒にマカデミアナッツチョコレートの大箱1箱をもらいました。

まだ表彰式は進行していますが、席についた生徒はチョコレートの箱をあけて食べはじめ、隣近所の生徒にも「食べる?」というジェスチャーをして分け与え、一瞬で空っぽになった箱を椅子の下においていたのでした。 私ももうマウイで長いのでこんなことが起こっていてももはやまったく違和感ないのですが、後でよ〜く考えたら「これ、日本の学校でやったら、すっごく怒られるのでないか、奨学金もとりあげられるのではないか」とちょっと思いました。


こんなハチャメチャなパブリックスクールライフですが、私も含めて今までよくがんばりました。

 

私がマウイで一番好きなことは、
「かっこつけたり見栄をはったり世間体を気にしなくていいこと」=「いつも自然な自分でいられること」
だから すべての人を受け入れるパブリックスクールが合っていました。


時々日本からのお客さまのウエディングをお手伝いしていますが、

私自身のウエディングではなくても、ウエディングに関わる度に毎回「始まり」を感じることができます。

卒業式も別れではなく「始まり」、なぜなら旅はまだまだこれから続くからです。


「成功」というのは、毎日朝起きてその日自分がやる仕事に対してわくわくしながら一生懸命することができることです。


(卒業生主席が自分たちで考えてきたスピーチの一部です)


マウイの卒業生たちは、「達成感」と「羽ばたいていくことのできる自由への希望」にあふれており、

まさに「始まり」であり「船出」でした。

 

haikuboys

 

(卒業生が選んだ卒業の歌の歌詞の一部です。Andy Grammarの "Keep Your Head Up"より)

生きることは大変で時々うまく行かないこともあるけれど、

僕たちはただ旅をしているだけなんだ

だから「心配」なんかは投げ捨てて

頭を上げて前を向き続けるんだ

君は大丈夫さ、すべて大丈夫になるのさ
雨が降れば必ず虹がでる
朝になれば必ず太陽が昇ってくる
すべてはつながっていて必ず巡り巡ってくるのさ
だから頭を上げて前を向き続けるんだ 

君は大丈夫、大丈夫さ、すべてはうまくいくよ。。。。




この人たちは卒業生ではありません。卒業式に参加した卒業生の父親2名。卒業式だというのにこんな超普段着(うちのだんなはサーフショーツをはいているので普段着以下) 
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Boys' Tears - 涙4つ @マウイハイスクールボーイズ

常夏のハワイも12月にはいると朝晩の気温がぐっと下がり、朝6時起床時には思わず「寒っ。。。」とつぶやきこの時期にしか着ない長袖に腕を通します。
スクールバスが来るのは6時50分、バスを待つ子供たちも寒さで固まり背中を丸めています。
しかし遠い過去の記憶で日本の冬の寒さを十分に知っている私にとっては、こんなのは寒いとはいいません。
半袖短パンが当然だと思っているところに、長袖のフリースやパーカーなど羽織るものが必要になった時点でハワイの感覚では十分に「寒い」という、年中夏気候に甘やかされ毛穴の開ききった人たちというわけです。

それでも数時間後にはぽかぽか太陽で半袖短パン海水浴もOKなので、やっぱり常夏ではあります。

 

今年もまたバスケットボールシーズンが始まります。

こちらはスポーツが季節ごとに変わるので小学校から高校まで、ひとりで違うスポーツができます。
例えば高校の場合、
秋:バレーボール女子、フットボール、マラソン、
冬:バスケットボール、サッカー、バドリング、レスリング  
春:バレーボール男子、野球、テニス、柔道、陸上 
といった具合で、本人がやりたければ季節の違うスポーツはいくらでもできるのです。 私は日本の中学高校では部活で1年中来る日も来る日も一つの同じスポーツだけをやっていたので、この季節ごとにスポーツが変わるシステムは短いシーズン中でたくさん試合があり、中だるみもなく、違うスポーツを経験でき、違うスポーツの違うチームで友達もたくさんできて、、、といいことばかりだと思います。 要は学校の部活は部活なのですが、1年中ではなく季節で終わるので、なんのしがらみもおとがめもなく、シーズンが終わったら次のシーズンスポーツの部活に参加します。

ただし、部活といっても誰でもが入部できるわけではなく、シーズン初めに「トライアウト Tryout」と言われるいわゆる入部試験があり、正式にチーム登録できる人数枠分上手な人だけ選抜されます。さらにこちらでは、学校社会でも一般社会でも「年功序列」という文化は存在せず、「実力主義」なので、高校1年生でも高校4年生でも年齢は関係ありません。
実力があれば1年生でもレギュラー入り、4年生がベンチにいる といった図も違和感なくごく一般的です。 
先輩後輩といった上下関係も、入部してから1年間はずっと球拾いなんていう時間もまったく存在しません。

日本語の「先輩」「後輩」という語源もおそらく年功序列文化から生まれたのかと思いますが、英語には「先輩」「後輩」にあたる単語は存在しません。 年齢はまったく意識していない、その人の実力やその人なりを判断する材料にはならない のは明らかで、子供たち同士も年齢に関わりなく、普通に友達になり普通に友達語で話しています。

私の中学時代(中学では最も厳しかったバレー部)は、1年生から2年生途中まで毎日「球拾い」をするために部活へ行き、先輩は恐れ多くていつもビビっており、先輩と友達になるなんてありえませんでした。こちらの中高校生はなんて自由闊達で自然で人間らしいライフなんだろうとうらやましく思います。


昨年のシーズンは息子のカイのチームで、涙4つ、ありました。

(涙1つめ)勝てた試合なのに、最後の最後に「勝利」がするりと手からすりぬけていって惜敗したとき。 勝利の女神というのは必ず居て、手中にあった「勝利」がまぼろしとなって消えてしまうことがあります。 欲しいものを手にできなかった悔し涙。

(涙2つめ)最後のホームゲーム(自身の高校が会場となって行われる最後の試合)は、最終学年である高校4年生を祝福する儀式が行われます。まるでお誕生日会のようにチームメートによってたかって頭まで埋まりそうな程のレイ(花輪)で祝福された2人のシニアボーイズ(高校4年生)は大泣きモード。 チームメートへの感謝の涙でした。

(涙3つめ)シーズンでリーグ1位だった高校相手に最後の最後に勝ったとき。 「コーチと僕たち笑いすぎて涙がでちゃったよ」と言ってました。 勝利のうれし涙。

(涙4つめ)シーズン最後のトーナメント。要は勝ち抜き戦でチャンピオンを決める大会で負けたとき。勝ち抜き戦は英語で " Win or Go Home."と言い、(勝つか、負けたら家に帰れ)というとてもとても直接的な表現です。 負けたあと、ミーティングから戻って来た男の子たちは泣いていました。息子のカイは " I don't wanna go home ...."(家に帰りたくない=負けたくなかったんだ)と言って泣いていました。 悔し涙。

 

たくさんのことを感じて、悔しい涙や挫折の涙がたくさんあればあるほど、いろいろな感情を感じれば感じる程、心暖かく強い人間になれるよ。
男の子が泣いていると私まで泣きたくなっちゃうんだけど、「感じる」ことは人生経験では最高の教科書。

1秒先に何が起こるかわからない、ヒーローになるのか負け犬になるのかもわからない、勝利の保証もなにもない、そんな最後まで勝敗のわからない試合に挑み、汗を流すマウイボーイズたち。

一寸先がどうなるか何が起こるのかわからないからスポーツはやる方も観る方も楽しい、良い事も嫌な事も仲間と一緒だから強くなれる。 人生も同じだね~。

 

シーズンオープンにあたり、コーチが選手に配ってくれた言葉の一部です。

If you're not making mistakes, then you're not doing anything. I'm positive that a doer makes mistakes.
失敗をしない人は何もやっていないから失敗しないのだ。 たくさん行い、たくさん失敗しろ。
「失敗を恐れず積極的に動く」 


Life is ten percent what happens to you and ninety percent how you respond to it.
貴方の人生は、貴方の身に起こることが10%、起こったことに対して貴方がどう反応するかが90%を占めている。
「幸せな人生は与えられるものではなく、自分が創るもの」 


surfhookipa
次にやってくる波は来るまでわからない、来たらどう反応するか。。。

 

sunnyday
晴れたのんびりカナハ。
私→海
娘→ビーチで宿題
息子→ビーチで昼寝

Maui's own Hula Girl - マウイ育ちのフラガール

「おとといまでに私が送った1万通のe-mailに加えて、これが1万1通目のe-mailです。 昨晩のコンサートは最高でした。ベストを尽くし心をこめて踊った子供たちを誇りに思います。 そして、直前まで大忙しのコンサート準備に最後まで辛抱強くサポートしてくれた家族の皆さんに感謝します。ありがとう。 (フラハラウのコーディネーターより)」

無事にコンサートが大成功で終わりました。

娘のレイがフラを習っている先生とそのフラダンサーのコンサートです。

クムフラ(フラの先生。クムKumu=ハワイ語で先生という意味)は、フラの先生であると同時に偉大なるハワイアンミュージシャンでもあります。

フラハラウ(Hula Halau = フラを習うグループ)に所属していると、マウイ島内のショッピングセンターや観光客の方々が宿泊されるリゾートホテルやコミュニティイベントなどでパフォーマンスをすることは日常茶飯事ですが、2年に1回行うこのコンサートは、コンサートホールにお客さんがチケットを買って観に来ていただくマジなコンサートなので、気合いの入り方も当然違います。

コンサートの約3ヶ月前より、全員の気持ちをリハーサルモードにする為に、毎回の練習には髪をコンサートの時と同じように頭の上でポニーテールに結んでおだんごをつくりアップにしスプレーやジェルで固めた状態で参加することが義務となりました。 私は慣れない手つきで娘のものすごい量の髪の束と毎回20分の格闘です。娘には悪いけど、実は今までの過去のパフォーマンスやコンサートでも納得のいくヘアスタイルをつくれたことがありません。しかし、人間の慣れや練習の積み重ねとは素晴らしいもので、毎週毎週やっているうちにだんだん上手になり12分ほどで仕上げられるようになりました。 これはお母さんヘアスタイリストの練習期間だったのかもしれません。。。

 

約3時間弱のコンサートで子供たち(11歳から15歳位の年齢です)は3曲踊ります。 今回は3曲ともにマウイの歌で、ウリウリ('uli'uli:カラフルな羽がたくさんついたマラカス)、 プイリ(pu'ili:50センチ位の細い竹筒の棒)、 イプ(ipu:ひょうたんで作ったパーカッション)を使って踊るテンポの早い曲です。 イプは、ありがたいことに家の庭でごっそりと育ったひょうたんを寄付してくれた人がいて、子供たちが自分たちで作りました。 ひょうたんの一番上の部分を真っすぐ平行にカットし、中身をきれいにくりぬき、水できれいに中をあらって1週間ほど乾かした後、一番上のカットした部分と内側3センチ位の部分までヤスリをかけてなめらかにし、(ここからの仕上げは大人がやりました)ニスを塗って、ドリルで穴をあけて紐をとおします。 自然からの贈り物であるひょうたんはひとつひとつ大きさも形も色も違って個性的であり、まったく同じものはないのでまるで人間のようです。置いたときの傾き方や表面の模様で自分のイプがどれかすぐにわかります。

昔、娘がまだ小さかった頃、フラの先生が子供たちの為に、イプヘケ(イプヘケ=ひょうたん2つを組み合わせて作られたタイプです)を調達してきてくれました。子供たちがそれぞれ好きな形のイプヘケを選び、自分のイプヘケに名前をつけ、皆の前でそれぞれのイプヘケの自己紹介をしました。

そのときに娘のレイがつけた名前は「Crashing Waves 力強い音をたてて砕ける波」でした。

ipu (右:イプヘケ = Crashing Waves)
(左:イプ=子供たちの手作り。
今回のコンサートに使用。) 





いつものことながらコンサート直前10日前からのラストスパートは準備に追われました。

10日前には衣装の仕立て屋さんへ採寸をしに行き、8日前には夕方6時から集まり Ti Leafスカート(ティーリーフという長い葉っぱをたくさん紐で結んでスカートをつくる)を作成。
tileafTi Leafはとてもしっかりした葉っぱで生命力繁殖力が強く、ハイクやアップカントリーなどの緑の多い田舎の一軒家の庭にはよく生えています。昨年カアナパリビーチホテルでパフォーマンスをした時には、ティーリーフがジャングル状態になって山のように生えているワイルクのある人の家に全員で行き、ティーリーフを刈りにいきました。

ティーリーフスカートは、真ん中の一番太い茎(葉脈)を葉っぱから割いて取り除いてから、しっかりと1枚づつ順番に紐で縛っていき、水で濡らした大きなビーチタオルに包んでゴミ袋にいれて口を閉じ、冷蔵庫で保存、冷蔵庫の温度が冷たすぎないことだけ気をつければこれで1週間は余裕でフレッシュなまま保存できます。コンサート2日前の夜に、1週間前につくったティーリーフスカートを持って再び集まり、スカートの裾をまっすぐにカットし、葉っぱをフォークをつかって細く割く作業です。 そしてまた濡れタオルに包みゴミ袋にいれて口を閉じ、冷蔵庫へ。

(ちなみにこのティーリーフスカートがうちの冷蔵庫のスペースを使って寝ている間は、大きなジュースパックは買えず、おかずの残り物保存もできません。)

skirt

コンサートの1週間前の土曜日には朝8時から大きな体育館でリハーサル。クムほかミュージシャンたちは音合わせをしながらプログラムにあわせて順番にダンサーたちの立ち位置や登場退場のタイミングをフルミュージック、フルキャストであわせます。 いつ自分たちの出番が来るかわからないので、ひたすら待ち続け、待っている間には大人ダンサーの人や子供たちの親などから食べ物の差し入れがありと、食料持ち込み長丁場体制も万全です。

こういう時の差し入れというのはなぜかどれもこれも気がきいた美味しいもので、ホームメイドのヌードル(Chow Fun:チャウファン=ローカルの好物フードのひとつ。平べったいうどんのような麺と野菜をシンプルに塩こしょうでソテーしたものです)に、ホームメイドベーカリーから買って来たマラサダ(=ハワイ名物のドーナツです。買って来たばかりのホカホカで美味しかった。。。)に、自分でパン屋さんをやっているクレアはホームメイドのミニチョコレートマフィンを子供たちに配り、、、、クムたちミュージシャンは休憩なしのエンドレスで音合わせをしているというのに、子供ダンサーたちの待ち時間にまぎれて何もしていない私までもが、クムの素敵なハワイアン生歌を聞きながら美味しい差し入れフードを幸せにいただいていたのでした。

この日は午後3時近くにやっと子供達は終了しました。


コンサート当日だというのに、娘のレイは学校で午前中バレーボールの練習です。「今日の練習は、飛び込んでレシーブしたりとか、一生懸命ジャンプしたりとかチャレンジしなくていいからね。今日この後におよんで手首足首捻挫でもしたら、今晩踊れないからね。」要は一生懸命練習するな!と、普段言っていることとはまったく逆のつじつま合わずのことを言っている私。

午後1時からは実際の舞台でのリハーサル、その間に私はプルメリアの花で首につけるレイ (lei a'i レイアイ) 髪につけるレイ(lei po'o レイポオ)を作り、舞台リハーサルが終了したのは午後3時過ぎ。 本番前のダンサーの集合時間は午後5時です。 家に帰る時間はなくなりました。 娘のレイはコンサート会場近くの私の通うスポーツジムでシャワーを浴び、今日もマウイに吹いているトレードウインドで髪は自然乾燥、そして5時に集合して控え室でヘアスタイルを作り、私の準備に関わる役割は一応終了しました。(私はダンスしないのに、この時点でこの日やっとまともに息ができるようになりました。フーっ。。。。ダンサー娘は朝から冷静に普通に息していました。。。)



今日も吹いているマウイの風と身体を包み込んでくれる空気、肌で感じる太陽の光、広い空、植物の匂い、ハワイの花たちの色と匂い、潮風の香り、波の音、海に生きている魚や貝や海藻たち、いつもそこにあり見守ってくれているハレアカラ山、生まれ育ったハワイの土地とそれを共有する人たち。。。ここハワイに在るものすべてを長い時間をかけて肌で心で感じ、細胞の奥までその感覚すべてが記憶されている大人のフラダンサーたちは、身体の内側の奥のほうから美しさがあふれでています。 そんな内面からの美しさあふれるフラダンサーを見て、ダンスはムーブメント(身体の動き)だけではなく、その土地を愛する感情とカルチャーの表現なのだということを発見させてくれました。

コンサートは、マウイの土地と自然と人への愛情でいっぱいでした。

kani

 

 

 

 

 

 

My Dear Local Boy - いとしのマウイボーイ

ジョニーに初めて会ったとき、けっこう真剣にドキドキと一目惚れをしました。

マウイ育ちのジョニーは地元のちょっとおぼっちゃま系私立高校に通うシニア高校生(高校4年生)、サラサラとした長めの金髪に、いかにもスポーツマン的な体格、もちろん文句なしのハンサム、そして何よりも私の気をひいたのは教育をしっかり受けてきていい子に育ってきたことを表している知的で正直な目の輝きでした。ジョニーに自分の息子の将来を重ね合わせ、私の息子もこんな知的で正直な目の輝きを放つ高校生に育ってほしいなと思ったのでした。 ですから一目惚れといっても、彼氏にしたいとか結婚したいとかそういう感情とはちょっと違って、この場合は残念ながら母親的(私も歳とっちゃったな〜)な感情です。(もちろん私が若かったら、状況も感情も違うので間違いなく夢中にだったと思いますが。。。) このジョニー君、はるかずいぶん前に我がウインドサーフショップでバイトで働いていました。高校生で仕事経験はないけれど、人間性重視で即採用でした。

ジョニーは高校のフットボールの選手、シーズン中は怪我をするといけないのでコーチからウインドサーフィンはするなと言われていました。 でも風が吹くとたまらず、そーっと(かどうかはわかりませんが)やっていました。 そんなジョニーも高校を卒業し、海関係の仕事に就きたいから海洋学を勉強すると言ってマウイを離れ、アメリカ本土オレゴンの大学へ進みました。 それから1年後位のこと、風の噂でジョニーが大学辞めてマウイに戻ってきたと聞きました。 ”なんで〜???” ”大学が超ド田舎にあって、まわりにな〜んにもなくて、最も最悪なのが、チキンカツがないからだって!” (チキンカツ=ご飯とマカロニサラダが付け合わせになっているハワイローカル好物プレートランチメニューの定番。ハワイにはどこでもあるけど、アメリカ本土にはこの食文化はありません。)
それからしばらくは、”チキンカツが恋しくてマウイに戻ってきたジョニー”と長いあだ名をつけられて、勝手に噂をしていました。 そのジョニーに、ラハイナハーバーで偶然会いました。 子供のボーイスカウトでキャンプをしにいく為にラナイ島行きのフェリー待ちをしている時、うれしそうにひとなつっこい笑顔で近寄ってきてしっかりと Hug(愛情を込めて抱きしめる=こちらではあいさつです)してきました。 クジラの研究とボートツアーを行っているパシフィックホエールファウンデイションで働いていると言います。 マウイのほうがいいから戻ってきたと言っていました。 なんだかジョニーはすごくうれしそうで、僕はマウイが好きなんだと全身で語っている幸せなローカルボーイそのものでした。 そんなはじけそうにうれしそうなジョニーを見て、”自分がハッピーな場所に戻ってきて良かったね!”と言いました。 (チキンカツも食べられるしね!とは言いませんでしたが。。。)

 

”バイトで働いてもらう人、ついに決まったよ!” 誰だと思う???” と私の主人が言いました。

今回は不況の嵐の中仕事を探している人はとてもたくさんいて、経験や技能適正が明らかに文句なしの候補者も何人かいたそうですが、この難関(!?)を突破したその人は、まさに今私の息子が通っている高校を1昨年前に卒業したばかりのジャレッド、マウイで生まれ育ったローカルボーイです。”今日ショップにのぞきに行ってジャレッドに会ったよ。一目あった瞬間からもう好きだったよ。” というのが私のその後の反応でした。

ジャレッドは起こる状況にいちいちほとんど反応しない大らかなハートを持っていて、マウイの空気に同化している木や植物のように最初から自然にそこに居るような、そんなローカルボーイです。 何でも受け入れる優しい目が、いい子にのびのびと育ってきたことを物語っています。(また母親の目になっている私)

ジャレッドはサーファーなので、”君の新人研修はまずウインドサーフィンからです”というわけで、ある朝、インストラクターをジャレッドの為に派遣しカナハビーチでレッスンを受けてもらう予定にしていました。 ところが当日になってほかの生徒さんが朝寝坊をした為レッスン開始の時間が急遽変更になってしまい、ジャレッドは1時間ほど1人でカナハで待ちぼうけ、大慌てでやっと連絡をとって謝ると ”そうなんだよ、誰もいないんだよ〜。でもここにいると気持ちいいからまったく問題ないよ” なんて言って、本当にまったく動じていません。 逆に、それよりもなぜ連絡をとろうともせずそんなに長い時間人を待てるのか、そっちのほうが不思議です。。。

さすがサーファーボーイは、ウインドサーフィン研修は難なくパス。 こだわりのないローカルボーイはショップではどんな仕事だって嫌な顔ひとつせず、なんでもこなします。 店番でお客さまの相手をするだけにとどまらず、時には敷地内の植木をきれいに刈ったり、ショップ内のペンキ塗り、壊れた器具の修理 まで何でも自分たちでします。

そう、ハワイではこだわりがあると生きていけません。 例え店長という肩書きがついていたって、仕事はゴミだしにトイレ掃除から始まり、この私にしたって、汗と飛び散った草にまみれて脱水症状になりながら重い手押し芝刈り機に手動草刈り機で庭仕事をし、ゴキブリやムカデに遭遇すれば自分でやっつけないといけません。

 

さて最近、今回は真剣に”私が好きなタイプ!”と惹き付けられた人がいます。

私の息子カイが大好きな学校の歴史の先生ステファンです。 学校のオープンハウス(親のクラス訪問)にて、ステファン先生は自分の自己紹介を兼ねてどういう子供時代を過ごして育ってきたかということをトクトクと話しており、日本で育った私としては、マウイで育つとどういう風な人生を歩むのか興味津々で、耳を傾けていました。 マウイ育ちのステファンは、アップカントリーで育ち、私の息子が通う高校を卒業して、ハワイ大学(オアフ島)へ進みました。 修士課程を終了し、博士課程に進み大学に在学していたところ、卒業した高校の校長先生から、歴史の先生に空きがでたから今すぐ来ないかと誘われました。 ”自分を育ててくれた地域社会に恩返しができることほど幸せなことはない。 だいたいオアフ島はマウイに比べて大都会だし、マウイの田舎者が大都会で先生やるってのもどうも似合わないな”と思い、マウイに戻ってきたそうです。 ”成績は妥協しないで厳しくつけるからな!”なんて言いながらも、先生というよりも、生徒のお兄さんって感じで、日に焼けたごっつい体格と大きな声ときらきら光る目と元気指数120%で、フットボールと男子バスケットのアシスタントコーチをやっています。息子のカイはバスケットボール部です。ある日練習を見ていたら、その日は体力強化の日だったようで、コートのはじからはじまでの往復を何度も何度も決められた時間制限内で永遠に走らされています。 男の子たちはみんな吐きそうなほどに苦しそうです。”疲れたよ〜、もう走りたくないよ〜”というオーラを全員が体中から発している空気の中、”おまえら〜、うちの高校のプライドはないのか! 苦しくなったらココ(ゲンコツで自分の胸の真ん中を叩きながら)で走るんだ、ココで!” と怒鳴っており、青春ドラマを地でいっているピュアな体育会系魂を感じます。この熱いステファン先生のほかのアシスタントコーチ3人とも、かつて昔一緒にバスケットボールをしていた友達同士とのこと、そのまま一緒に大きくなってまだ一緒にバスケット(今回はコーチだけど)をしているというわけで、地域社会の結束をとても強く感じてしまいます。

 

私は自分自身が男っぽい性格なので、男の子は大好きで、話がとても長〜くなってしまいましたが、、、

最後にこの人は私が一番愛しているローカルボーイ。

日本で生まれ、2ヶ月の時に親に勝手にマウイに連れてこられたマウイ育ち。 親が日本人なのにも関わらず、日本語を話したがらず、思いっきりピジョンイングリッシュ(ハワイ訛りの英語)。

親は共働きで忙しく日本語を落ち着いて教える時間もとれず、日本人会もないし(実はなんとなくあるようですが時間がなく関わったことがない)、英語社会の中でほかの友達やその親が一緒に居るときに自分たちだけ日本語で会話するのはとても失礼だと感じていた為、家の外では親子でも英語で会話をすることがほとんど、結果、本当に日本語を使えない2世になりつつあります。 高校では、言語の選択科目で日本語かスペイン語を選べるのですが、非国民なことに日本語を選ばずに、スペイン語を選んでいます。 スペイン語のほうがカッコいいからだそうです(母親は理解不可能。。。)。

日本人の親としては多少危機感を感じ、ある日言ってみました。 ”あのさ〜、高校生の間に半年か1年位、日本の高校へ行ってみたら? そうすれば日本語も話せるようになるよ。 あんた、ラーメン好きでしょ?”(ものすごい思いつき発言)

local boy息子のカイは車の助手席でホキーパの海風に吹かれながら私に言いました。

"NO, Mom.  This is perfect,  THIS LIFE is perfect here." (マウイは完璧に最高なんだよ! もう完璧に最高!)

 

 

 

Hawaiian Hawaiian - ハワイアン父ちゃんはかっこいい

「Dave's Dad is so cool !   デイブの父ちゃんって、すっごくかっこいいよ」と息子のカイが言います。
どうして? と聞くと、
"He is so Hawaiian, relax and laid back unlike you who always keeps busy yourself."

「いつもリラックスしてて大きくかまえてるしゆっくり話すし、まさにハワイアンスタイルそのものですっごくかっこいいよ。いつも急いでいて忙しそうにしているママとは大違いだよ」

へえ〜そうなんだ〜、せっせと忙しくしていないで、リラックスしてのんびり大らかにしているのがかっこいいんだ〜とは私の反応。

日本で高度経済成長期の親の姿を見て育ち、かつて東京のど真ん中で働いていた私にしてみれば、朝から晩まで仕事に追われて忙しくし、1日のスケジュールはびっしり、人よりも多くの仕事をこなす為に早口でしゃべり、いかにも仕事ができる人みたいに業界用語を連発し、どうやって人を説得し主導権をにぎるかという作戦に頭をつかい、さらに残業や休日出勤があるとちょっとかっこよく、国内出張に海外出張なんかがはいるとこれぞ日本のビジネスマンって感じで、そんな自分にけっこう酔いしれてたりしてたんだけど。。。

今マウイで仕事をしていても、長年身体にしみついているものは早々簡単には変わらず、リラックスしてのんびりしていることにはどうもなぜか罪悪感を感じ、いつもどこかで自分を忙しくしてしまいます。仕事をたくさんして忙しくしていることが、大人の責任と社会への義務であり、自分も成長できるとずっと思っておりました、、、がしかし、ハワイ育ちの我が子供達は、私の価値観とは全く違う価値観を持って育っておりました。

息子が言った言葉を逆に言うと、「いつも忙しく仕事ばかりしているママは、すっごくかっこ悪いよ!」と聞こえます。

忙しくしていることは誇りでありかっこいい大人なんだと思っていた私、”リラックスしている大人がかっこいい”なんて子供が言うのを聞き、衝撃的に拍子抜けをしました。

そういえばマウイに来たばかりの頃、仕事が休みの時にまでウインドサーフショップに出勤してきている私の主人に、ショップのスタッフたちは口々に "You are crazy!  So crazy!!! "(休日まで仕事するなんて頭がおかしいゼ!)と言っていました。 

ちなみにその頃のショップのスケジュールは完全週休3日制、人によってはほかにバイトをして足りない分を稼いだりしている人もいましたが、やはり基本形は仕事+海+友達(家族)=ライフスタイル。(海)の部分はもちろん人によって若干異なると思います。例えば、ウインドサーフィン、サーフィン、釣り、ゴルフ、音楽、バスケットボール、サッカー、テニス、ランニング と言った具合に。 少なくともここ(マウイ)では、仕事=自分、仕事=ライフスタイルという公式はありえません。 特にうちのウインドサーフショップの場合は人を雇う時にはその人のライフスタイルにあわせて、スケジュールを組みます。 風の吹く午後にはウインドサーフィンに行けるように午前中昼過ぎまで働いてもらって午後はオフ、土曜日は子供のサッカーの試合があるからオフ、午前中は別の仕事をしているから午後働く、火曜日と木曜日は奥さんが働いているからその日は奥さんの変わりに子供の面倒をみるからオフ、午後はコミュニティカレッジの授業がはいっているから午前中に働く などなど、完全に個々のライフスタイルを優先した勤務スケジュール体制です。 すごく大きなサウススウエル(大波)がはいったある朝、”キヘイにすっごいスウエルがはいっていて写真撮りたいから、今日はちょっと遅れて出勤するけどいい!?” なんてこともたまにはアリアリです。

もちろん小さなショップだし、なによりお互い信頼しあっているからこそ、こんなことができるとも言えます。 仲間に譲れるときに譲っておけば、自分が必要なときには自然と助けてくれるし、基本、友達や仲間が充実した楽しいライフを送っていれば自分も幸せになれるってことです。 

 

さて息子のカイがかっこいいと言ったデイブのハワイアン父ちゃんですが、何年も前に(デイブのお父さんだと認識して正式に知り合いになる前)初めて学校行事でお見かけしたときは、”怖いっ!。。。”という第一印象でした。 色の黒い肌に筋肉質のでっかい体、髪はボウズに近い位短く刈っていていつも赤か青のバンダナをかぶっており、首には銀色のチェーンネックレス、当然のことながらハワイアン特有のタトゥー(入れ墨)をいれ、ごっついアーミー服(自衛隊のような服)を着ており、そしてサングラスをはずした目はものすごく眼光鋭く、本当に怖いと思ったのです。簡単に友達になるにはちょっとほど遠いって感じでした。 

ところがところが、そんな私の第一印象はもう本当に今では申し訳ないと思う位実はものすごく間違っていて、今では会うと、くしゃくしゃに顔をくずして笑い、正面から優しく大らかな目で受け入れてくれます。 ちょっと遠くに居ても、気づくと人懐っこく近寄ってきてくれます。 息子のカイの面倒を見てくれたときがあり、”ありがとう”と言ったら、”カイは最高の男の子だよ”と言って、私を思いっきりハグ( Hug = 愛情をこめて強く抱きしめる。こちらでは親しい人に会ったときの挨拶です)しました。

デイブは自分のお父ちゃんの口調をマネをする時があります。ある日、息子のカイがほかの友達と口論になりそうになり、早口でまくしたて始めたときでした。
(すごーくゆっくりとした口調で)" Relax, Relax, just fine, everything all right, no problem." リラックスして、リラックスして、大したことないから、大丈夫、すべて大丈夫。。。

そんな風に言われると、感情的に熱くなって早口でしゃべっている自分がばかばかしく思ったのか(傍から見ていて、少なくとも私はそう思いました)、別にどうでもいいことだと気づいたのか、とにかく拍子ぬけしたようで、皆で笑って終わり、本当の口論(もしくはもっと最悪の事態)には発展しませんでした。

ところでRelax=リラックスの意味ですが、仕事も何もしないで怠慢にぐうたらしているという意味ではないということに気づきました。
”物事に動じない”と解釈するべきでした。
何か問題が起こったとき、何かトラブルが起こったとき、何か自分が欲していないような状況が起こってしまった時、腹をたてたり感情的になるのではなく、まずは状況を受け入れる大きな心を持っていることです。
生きていてすべて100%完璧に自分が望むとおりに物事が起こることはありえません。
ましてや人のせいにしたり環境のせいにしても何の解決にもならないし、かえってますます腹がたつだけです。
起こることは状況なだけであり、こんなことは大丈夫大丈夫と自分が思えば、すべては大丈夫なのです。そういう大きな気持ちでいたほうが、自分の中でストレスもなく、かえって冷静に問題解決ができたり、人をむやみに傷つけることもなく、皆平和で仲良くいられます。

"Speak Slowly, Wear Loud Shirts." という昔のハワイアンが書いたハワイアンのルールがあります。

=話す時はゆっくり、心は広く。

あ〜、そうなんだ、ここでは。
ちょっとのことで大きく反応したり感情的になったり早口でまくしたてたりすることが多いね〜私は。だからカイはデイブの父ちゃんをリラックスしていてかっこいいって言うんだね、きっと。

ゆっくり穏やかに話し、何が起こってもどうにかなるさ位のすべてを受け入れるでっかーい心をもつハワイアンスタイルが、ここではかっこいいのです。

aloha st(ここはハワイです。車のライセンスナンバーにもアロハの州とはっきりと書いてあります。ここではゆっくり話しましょう、そして心は広く!)
 

 

Aloha Spirit - アロハスピリットとオバマ大統領

2008年11月5日、アメリカ大統領選、
ハワイ出身のオバマ大統領がハワイ州で約73%の票を獲得した瞬間、ハワイの人はこう言いました。
”ハワイにとって、アメリカにとって最高の日だ。世界は今アロハスピリットを切実に必要としている。”
(11/5のコラムより:"This is the great day for Hawaii, a great day for the country", said U.S. Sen. Daniel Akaka.  "The world really needs the spirit of aloha.")

 
アロハスピリットという言葉は、ハワイに関心がある人は誰でも聞き慣れているハワイを象徴する言葉ですが、具体的にどういうことをアロハスピリットというのでしょう。
”人に親切にすること” かな〜となんとなく私は理解していました。

 
オバマ大統領が、ある記者のインタビューにこのように答えています。
記者の質問は、”ハワイというと誰もがパラダイスだと想像する場所ですが、ハワイで育ったことによりそこで得たものは何ですか?”

 
オバマ大統領の答えは、”自分の周りに居る人には気を配り、お互いに親切に感謝の気持ちで関わりあうこと、そしてハワイに住んでいて最も重要なことは、人の見かけや外見は、その人の中身や人種や権力を表すものではないということを得ました” というものでした。 

さらにオバマ大統領はその意味の説明を続けます。
”アロハスピリットの精神に通ずるということを説明したいのですが、私たちは皆ひとりひとり孤独なのではなく、皆お互いに助け合って生きて行く義務があるということです。 誰かが困っていれば助けるということです。 例えば、子供たちにとっての最良の学校がなければ学校をつくる、すべてのお年寄りが快適に不自由なく暮らすことができる環境をつくる、というようなことが、お互いに気を配りあい、助け合って生きていくということです。 黒人も白人も、日系アメリカ人も韓国系アメリカ人もフィリピン系アメリカ人も、みんな同じアメリカ人であり、すべての多様な能力をもちよってアメリカをよりよい国にするために共に働くのです。”

 
ハワイは、もともとそこで生まれ育ったハワイアンに、移民である日系、韓国系、中国系、フィリピン系、サモア人、トンガ人、メキシコ人、ヨーロッパ系、南米系、そしてアメリカ本土からの白人や黒人 と 多種多様の人種のるつぼであり、多数派で権力をもっている特定の人種はなく、すべての人種がマイノリティー(少数派)です。だから、すべての人と仲良くしなければならない環境です。

 
この人種のるつぼである環境は小さなマウイ島では大変わかりやすく、特に私の子供たちは3歳の時からプレスクールへ行き、5歳の時から地域のありとあらゆるスポーツチームにはいり、ダメ押しは限られた少人数のグループが行くプライベートスクール(私立学校)ではなく、”住んでいる人誰でも全員が行く”パブリックスクール(公立学校)に通っているものですから、そこにはいつでもどこでもすべての人種がいて、子供たちの中には”あいつは日本人、こいつはフィリピン人”というような ”人種”の概念は最初からまったくありません。 あともうひとつ、子供たちの中で、先輩後輩というような”年齢の違い”という概念もまったくありません。(先輩後輩という日本語は、英語に訳せません。先輩後輩という文化が存在しないので、それに該当する英単語は存在しないのです。このあたりのお話はまた後日補足します)

 
私が育った日本は単一民族の国であるがゆえに、違いや人のみかけで判断してしまうようなことが、私が小中学生だった頃からすでにありました。とてもわかりやすい例は”転校生”、他の県から引っ越してきたり、ヨーロッパ人と日本人のハーフで髪の毛が金髪に近い茶色だったり、帰国子女で英語がぺらぺらだったりするだけで、学年中の好奇心と注目の的でした。 髪型や服装が人とちょっと違ったりするだけでも、まずは校則というものにひっかかり、大人たちからはなにかを言われ、そして子供の世界でも年功序列(先輩、後輩の世界)があることなど、それこそ見かけや違いでお互いの壁をつくったり人を判断したりということが当たり前のことでした。 

 
自分の子供は”人種”の概念は全くなく誰とでも最初から仲良くしているのに、恥ずかしいことに親である私が”人種”や”違い”という概念に長い間とらわれていました。「金髪の白人」「色黒のアジア人はフィリピンかトンガか」「色黒で太り気味だからハワイアンか」「この子は年上?年下?」「小学生でパーマをかけた髪にピアス?」などなど。。。外国生活でよくありがちの ”日本人会” 的な安心して所属できるようなグループもないから自分で友達を見つけなければならないし、自分の子供がどういう子と友達になるのか検討もつかないし、でも不良グループにはいるのだけは阻止したいし、といういろいろな思惑のもと、無意識のうちに外見やみかけからの詮索作業にはいってしまうのです。 しかし、人種のるつぼ社会初心者の私は、外見からの詮索作業は、その人のことを知る手がかりの助けにはまったくならないことを子供たちの世界を見ていて悟りました。 
例えばわかりやすい例でいうと、野球のチームで、それぞれの選手の良いところや得意なプレイ、パフォーマンスや役割によるチームへの貢献度には、人種や外見はまったく関係ないのです。 各人そのものからでてくる能力や個性や人格が関係しているのです。
 
 
自分の子供がほかの子供に接する姿を見て、スポーツ活動や学校活動を通して、無意識のうちに外見から人を詮索する ” 色めがね” を10年位かかってやっとはずすことができたと思います。

 
東京に居たときは知らない人とは特別に必要がなければ会話もできませんでしたが、今は通りすがりの知らない人となんのためらいもなく会話ができるようになりました。 こちらでは、知らない人同士でも、たまたま目が会うと "Hi, how are you doing? やあ、元気?" といったような会話がよくあります。
日本からハワイへ観光で来る人も、おそらく田舎へ行けばいくほど、ローカルの人に話しかけられたり親切にされたりという経験もあるのではないかと思います。

 
他民族のよせ集めハワイでは、基本的に人々は誰でもウエルカム、この島のこの土地で同じ時間に生きている人間同士という理由だけで十分であるということがわかります。
これが私がハワイに住んでいて得たものですが、
これもまたオバマ大統領がハワイで得たというアロハスピリットの精神に通ずるものがあることに気づきます。

 
大統領任命式の直前、オバマ大統領は、自身の娘さんたちへ手紙を書いています。その手紙は新聞の冊子の特集で全国公表されたものです。
「若い頃自分は人生はすべて自分ひとりの為にあると思っていた。どうやって世界にはばたこうか、どうやって成功者になるか、どうやって自分の望むものを手にいれるかばかりを考えていた。しかし君たち2人がこの世に生まれてから、君たちの好奇心や悪戯や笑顔はいつでも私の心を満たし日々を明るくしてくれた。そうしたら突然自分の大きな野望はもはや重要でないことに気づいた。 君たちが喜び幸せである姿を見る事が、私の人生の最高の喜びであることに気づいた。 君たちがあらゆる可能性や機会に満たされ幸せになることが、私の人生の幸せであることに気づいた。 君たちだけでなくアメリカのすべての子供たちが幸せになって欲しい。アメリカのすべての子供たちにそれぞれの最大限の可能性に出会える学校へ行き、親の経済力には関わりなく大学へ行けるようにし、いい仕事に就き、家族と十分な時間を過ごす事ができる余裕をもった人生を送り、幸せに老後を迎えて欲しい。だから大統領に立候補しました。」
さらに手紙の中では、「この国の為に、各人の最高の能力と可能性を引き出すために、人間が勝手につくりあげてきた人種、地域、性別、宗教間の差別や境界を全力でとりはらいたい」とも言及しています。

 
”ハワイのことを知らないと、オバマ大統領がどういう人であるかということを理解することはできません” と、大統領夫人であるミセスミッシェルオバマがインタビュアーに言っています。


windy palmアロハスピリットの精神は、もしかしたら本当にアメリカに世界にチェンジ(変革)をもたらすのかもしれません。
少なくとも、私の人生と価値観には時間はかかったけど大きなチェンジをもたらしたのですから。 


記:
2009年1月21日 Maui News(新聞)に特集版
From Aloha State to Oval Office
アロハ州(=ハワイ州の通称)からホワイトハウスへ

 obama

Difference - 自分とは違う素敵な個性

試合のあいだじゅうずっとコーチがプレッシャーかけつづけるから、もう楽しくないよ。。。。。サッカー大好き少年の9歳の息子カイがある日ポツリと言いました。
5歳のときからプレイしている子供のお遊びリーグから、初めてスコアをつけて真剣に勝敗を競うマジなリーグへ昇格、リーグ初体験の若いプレイヤー主体だったチームにもかかわらず快勝をかさね、決勝まで行ったのはつい前年8歳のときのこと。プレイヤーもコーチも親も初めて体験する真剣リーグ、試合中はプレイヤーとコーチは親とは離れた反対側がベンチとなり、親と子供の接触はできず、親たちはなんだか取り残されたような気持ちながらも子供の成長を感じ、勝敗に一喜一憂し、目標に向かって練習に精をだし、オアフ島へ2泊3日の遠征にまで行く団結したチームでした。
ほとんど同じメンバーで2年目のシーズンがはじまり、今年こそはマウイで優勝してハワイ州決勝へと力がはいるのは自然の流れ、ただ前年のヘッドコーチが仕事で多忙のため、アシスタントコーチが事実上のヘッドコーチとなりました。もともと負けずぎらいでアグレッシブなコーチはそのパワーを存分に発揮、8〜9歳のサッカープレイヤー達は、まるで高校生リーグのような厳しさのもとに、完璧なプレイを要求され、上手くできないプレイは試合中でもそのたびに怒鳴られ、1試合のなかで2、3回あるかないかのハットトリック(?)やスーパープレイを除いたほとんどすべてのプレイに対して大声で怒鳴られる男の子たちからは、仲間と一緒にボールで遊ぶのが楽しいという笑顔がだんだん消えていき、いつのまにか強制的にやらされているような雰囲気になっていきました。
8〜9歳だと、今まで頭ごなしに怒鳴られたことのない男の子もたくさんいると思われ、畏縮して完全にやる気をなくしてしまっている子もいます。私の息子カイは幸運(?)なことにその母親に過去怒鳴られたこと多数、コーチとは小さい頃からの顔なじみ、基本的にコーチのことは友達のように思っているほど大好きです。ですから畏縮してしまうほどではありませんが、”嫌だな〜”的な葛藤を感じているのは確か、プレイの失敗やうまくいかないことなどもすべてコーチのせいにしはじめています。このままでは、シーズン中楽しくプレイをすることはおろかサッカーがきらいになってしまいそう。じゃあ、どうする? もうこのチームは辞めて、ほかのチームにはいる???

 

チームを辞めてしまえば明日からはコーチのプレッシャーを受けずにすむし、とりあえず状況は変わるので今の葛藤からは解放されるでしょう。 でもそのあとどうなるのか? 新しいチームにはいって、そのチームのコーチが怒鳴らないなんていう保証はないし、多かれ少なかれ別の問題が起こることも十分にあります。そこでまた問題があったら、また別のチームを探すのか? そのチームだったらなんの問題もなく100%満足になれる保証があるのか? コーチが怒鳴るのが嫌だから辞める、ではあまりにも理由が身勝手で短絡的な決断に思えます。9歳の息子のカイにとってはこれは初めての他人との葛藤、このようなことはサッカーチームでなくともこれからの人生いたるところで起こります。チームメイトが嫌い、学校の先生が嫌い、職場の上司が気に入らない、同僚が気にくわない、、、などなどはいつでもどこでも簡単に起こりえるシチュエーション。嫌なことがある→辞めるということを今から簡単にやりはじめたら、習慣となり、一生どこへ行っても簡単に辞め続けることになるかもしれません。だから、今までも始めたことは最後まで全うする(シーズン途中で辞めない)ことだけはさせてきました。

 

コーチのせいにすることはちょっと横において、自分のことを考えてみます。なぜ、カイが嫌だな〜と感じているのかー自分がプレイするたびに怒鳴られるということを期待していなかったから。
なぜ母親の私が嫌だな〜と感じているのかーお遊びサッカーリーグでは子供たちがころんでも失敗しても何をしても可愛く、なにが起こっても誰も責められることもなくなごやかな笑いになるだけのほのぼのリーグ、しかし今はコーチが勝敗に熱くなり過ぎて失敗もできないほどシリアスになりすぎているのが、自分の描いていた期待とは違うから。では、自分の期待どおりになるように、コーチに申し出て明日からやり方をあらためてもらうことができるか? 人間は人に言われて1日や2日でそう簡単に変わることはできません。特にそれがその人の個性だったり信念だったりなどパーソナリティに直結している部分だとなおさら変わるのには時間が必要です。自分以外の人を自分の思い通りに期待どおりにするのはほとんど不可能です。恋人だって、自分の夫だって、親だって、すべて自分が描いている期待どおりの人間だったかというと100%そうではないし、自分の子供だともっとわかりやすく小学校高学年ごろからだんだん自立しはじめるに従って、もはや自分のお腹の中に自分の腕の中にいた赤ん坊ではなく、自分とは違う別の人格の人間であり、自分の思い通りには動いてくれないことに気づかされます。

 

自分とは別の人である限り、誰も人のことを変えることはできません。では相手が変わらないなら、自分ができることは何でしょう? 相手の首をしめて縄をかけて自分の思い通りに変えることはできないけれど、自分が変わることは自分が決めればいいだけだから意外と簡単にできます。自分勝手な期待にもとづいて自分が理想としている登場人物になることを人に押しつけるのは止めて、相手のあるがままを受け入れてみると、”あれ、この人のことちょっとは好きかも。。。”なんてさえ思えてきます。

 

カイのコーチはほかのお父さんたちよりも年齢が若く、子供たちと一緒に走っても息もきれないし速い、仲間といつも一緒にいられるチームスポーツが大好き、声が大きいのでコーチに向いている、時間を惜しまず子供のように夢中になって練習に励む(日が暮れてもまだ練習していて、コーチなのか遊び盛りの子供なのかわからなくなることも?!)、練習や試合以外の時間も子供たちを誘って高校生の試合を見に連れて行ってくれる、そして何と言ってもコーチがいるからこそ、このチームが存在しているのです。私にはハイク地区の子供たちを集めてコーチになるほどの勇気も能力も体力もありません。あなたがいるから、ハイク地区の男の子たちでチームをつくることが実現し、子供たちが一緒に成長していかれるのです。子供たちがここでサッカーができる環境を提供してくれてありがとう。私たちの子供なのだから、あなたの不得意な事務処理や連絡係は、私がやりましょう。あなたが怒鳴ったあとの子供たちのフォローはアシスタントコーチ(前年までのヘッドコーチ)の得意分野です。そして、家でのフォローは当然親である私が努力してみます。”プレイヤーはコーチのことを選ぶことはできないよ。たとえプロスポーツ選手になっても、コーチはプレイヤーを選べるけれど、プレイヤーはコーチを選べないよ。たとえプレイヤーが全員そろっていても、コーチがいないとゲームはできないよ。コーチのあるがままを受け入れようよ。コーチをだまらせることは不可能だし、これからもコーチは怒鳴りつづけるよ。でもそれはカイの人生には影響しないよ。He is a great coach and you like him, だからコーチのあるがままを受け入れようね。そうでないとママがコーチをしないといけなくなるよ。” 最後の文句は半分脅しというか、”それだけは止めてくれ〜”状態によるあきらめ誘導作戦に近いものがありますが、その後はカイはコーチの不平は言わず、怒鳴られることにも慣れ、無事そのシーズンも最後までプレイすることができました。

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(文中の人称は仮名です)

 

 

by Yoko, January 2007

Make Friends - 友達はつくるもの

私が日本で会社を辞め、主人と当時2カ月の子供と3人でマウイへ引っ越してくると決断した時、ある人は言いました。”あなたは、友達も家族もいない異国の地で、きっと寂しい思いをすることになる” 私はすぐに言いました。”友達はまたつくればいい。いまここにいるかけがえのない親友や友達も最初から友達だったわけではないし、10年前にはまだ出会ってさえいなかったよ!” 

 

それまでの私の人生で一番恵まれていたといえるのは友達、いつでも友達が私の人生を照らしてくれたし、私を元気にしてくれました。20代の頃は高校の同級生だった仲間とよく泊まりがけで海へ行ったりスキーへ行ったり、社会人になってからは会社の同僚や先輩とも友達になり居酒屋やディスコにくりだすのは日常のごとく、毎週末のごとく海にスキーにとでかけ、人生楽しくて、このままずっとこの時間が続けばいいとさえ思っていました。そんな時期をともにした友達とはいまも音信がとだえることがありません。結婚をしてからは主人の友達とも友達になったし、日本にいた頃は知り合いだった程度で友達というほどでなかった人とも、何度も何度もバケーションでマウイを訪れてきてそのたびに会って時間を過ごすうちにすっかり友達になった人もいます。

 

正直マウイに来てしばらくは、自分の気持ちの一部はまだ日本にあり、私のことをよく知っていてくれる友達が近くにいないことや2か月の赤ん坊と家にこもっている生活だったこともあり、確かに少し寂しい思いをしていた時期はあったと思います。近くにたまたま住んでいた日本人やその友達などが訪ねてきてくれたり、仕事の関係で知りあった人もいましたが、会ったばかりですぐに心を開けるわけではありません。お互いのことをよく知らないから、なんとなく世間話をしてそれだけの関係、でも細々でもたまに会いたまに話しをし、これに時を重ねていくと、同じ時空を生きてきて、そしていまもまだ生き残っているいわばこの世の戦友のような愛着が自然とわいてきて、”元気? 今日も会えてよかったよ”という気持ちになり、いつのまにか心を開いています。そしてたぶんこれからも時間を重ねるごとにもっともっと愛着がわいてくるのだと思います。

 

”持つべきものは友達”ですが、”持つ”といっても友達は所有物でもないし、自分の都合で無理矢理一緒にいることを強要するものでもありません。友達はその人との関係を ”時間をかけて” はぐくんでいくものだと思います。時間を共有すればするほど、コミュニケーションをとればとるほど、関心を持ち、相手のことがわかり、好きになり、自分がかっこつけることなく心を開ける心地よい人間関係になれるのだと思います。

 

息子のカイは11歳、もうすっかり自分のパーソナリティを持ち、自分の意思で自分の人生を歩みはじめている年齢です。カイは持って生まれた笑顔にオープンなパーソナリティが加わり友達をつくる天才です。大人でも年上でも年下でも女の子でも、まったく壁がなく、誰とでも仲良くなるので、新しい場所(例えば新しい学校、新しいスポーツチーム、新しい地域クラブなど)へ行っても、私がうらやましくなるくらい、すぐにうちとけます。赤ちゃんのころからこの世のものすべてに興味津々、会う人会う人に笑顔をふりまいている子だったのでもともとそういう性質だったように思えますが、小さいときからチームスポーツをやってきたからというのも少しは影響しているかもしれません。

 

マウイでは子供のチームスポーツはすべてボランティアで運営されている地域リーグです。それぞれシーズンが決まっていて(例えば野球は1月〜6月、バスケットボールは夏と秋、サッカーは秋と冬というように)、シーズン前に募集したプレイヤーを適当にバランスよくチーム分けをし、普通はチームの中の誰かの親がコーチやアシスタントコーチをし、シーズン中、同リーグの中で試合をします。チーム分けはランダムですから、仲のよい友達がいるときもあれば、場合によっては全員知らない人であることもあります。少なくとも、チーム内全員誰ひとり残らず仲良しグループであることは絶対にありませんので、そういう意味では、シーズンごとに毎回リフレッシュされた新しいチームメートということになります。

 

今までカイが5歳のときから今まで7年間分所属したチーム数、これに妹のレイのチームも含めて数えたらすごい数になりますが、どのチームのときでも、シーズン初めとシーズン終わりでは子供達同士もその親たち同士もまったく様子が変わります。
わかりやすく言うと、シーズン初めはあなた誰、どこの人?状態で名前も知らない人さえいるアカの他人が、シーズン終わりにはまるで昔からずっと一緒にいる家族のようになり、シーズンが終わってチームが解散になるのが本当に毎度毎度寂しい気持ちになるのです。
シーズン中、それぞれの子供たちのプレイを通してその子たちを知り、同じ時間同じ場所でそれぞれの子供たちの成長や上達を目撃し、同じ目標に向かってチームをサポートし応援する親たち、子供たちとコーチはやはり同じ目標に向かってともに練習し、試合をし、くやしいことやちょっと恥ずかしい思いをしたことや、がっかりしたこと、喜んだことなど、いわば人生の一部をともにし(日本風に言うと、同じ釜の飯を食べた仲とでもいうのでしょうか)、自分のチームに愛着を感じはじめ、本当にひとつのチームになっていくのがよく実感できます。

 

カイは自分から本当によく人に話しかけます。新しいチームが結成されたばかりでまだなんとなくみんなお互いうちとけあってないときでも、”Luke, good game (good practice), Bye. See you tomorrow.”(ルーク、今日はいい試合だったね。バイバイ、また明日ね。)と自分から声をかけ、途中からチームにはいり遠慮がちにしているチームメートにも同じように声をかけ、また不思議なことに、同じチームになったことがなくても、過去自分が対戦したことのあるチームはすでにもう友達だと思っているのか、知らないあいだに仲良くなっていたり、よく話したりしていることもあります。
本当にどこに行ってもフレンドリーなことが取り柄といえるほどのカイですが、おかしなことに、オアフ島で行われたサッカートーナメントで対戦したオアフ島在住の日本人だけでつくった日本人チーム(子供たちも日本語を思いっきりしゃべっていました)には、決して日本語で話しかけることはありませんでした。マウイにはオアフ島ほど巨大な日本人だけの社会みたいなものはないので、カイは日本語にはやや困難あり、つたない日本語を話すことにはちょっとまだ照れがある???

 

あるとき、息子のカイと同じバスケットボールチームになったジョン、一番最初の練習に1回きた後、2度と来なくなりました。 ジョンの弟が私の娘のレイと同級生でジョンのお母さんとは面識があったので、たまたま会ったときに ”練習来ないの?”と聞いたところ、 ”ジョンはチームに友達がいないから、辞めたわ”という答えが返ってきました。
”えー、バスケット上手なのにもったいない!!! バスケットやりたいから申し込んだんじゃないの??? カイはチームに友達がいたことなんてほとんどないよ。友達は最初からいるんじゃなくて、つくるものだよ” とはあくまでも私の価値感なので、その時は心の中でつぶやくだけにしておきました。

 

そう、友達は時間をかけてつくるもの。誰かから与えられるモノでもないし、欲しいと思って即日手にはいるものでもありません。
新しいところに行って友達がいなくてもだいじょうぶ、今日ちょっと孤独感を感じてしまっていてもだいじょうぶ、友達は必ずできます。自分から笑顔とあいさつを与え続け、そして自分から先に相手を好きになることを続けていれば、今日あったあの人と、次会う時にはこのあいだよりも親しみを感じ、1年後にはもっとその人のことを好きになっています。5年後にはかけがえのない大切な友達になっているかもしれません。
友達や人間関係は1日や2日ではつくれません。共に生きる時間が必要です。失恋して落ちこんだ時など、”時間が解決してくれるよ” なんて言いますが、その逆パターン、”時間が人間関係を発展させてくれます。”

sfield

(文中の人称は仮名です)

 

 

by Yoko, July 2006

Communication - コミュニケーション

学校対抗小学生のバスケットボールリーグ、やっぱり”母校”を背負うと自然と皆燃えるようで、試合のたびにプレイヤーもコーチも応援も皆熱くなります。普段から学校生活を共にしている仲間ですでにお互い知った顔ばかりだから結束も早く、毎試合ごとにいざ出陣といった勢い。当然どこのチームも勝ちたい!わけで、こんなに走ってこの子たち疲れないのかな。。。というぐらい、ドタバタドタバタとプレイしています。コーチはコーチで血管きれちゃうんではないかと心配してしまうぐらい怒鳴っていることもあるし、応援席の両親たちは毎回毎回心臓ばくばくしながらの観戦です。

 

昨年はまだ3年生だった娘レイは当然のことながらいわゆる2軍ホワイトチームでしたが、今年は当学校の選抜ブルーチームにはいりました。しかしながら、スターティングラインナップ(日本語ではレギュラーと言うのでしょうか)ではありません。いわゆる補欠(英語ではSubサブ=Substitute, ちなみにBench Warmerなんて言うこともありますがこれは試合に全くでられないプレイヤーを見下した言い方だと思います)です。チームは8人、内訳はすばしっこい5年生男の子1人、身体も大きくスポーツ万能な5年生女の子1人、バスケット好きな4年生男の子1人、バスケットは初めてだけれど運動神経がいい4年生男の子1人、身体が大きな4年生女の子1人、ここまでの5人がスターティングラインナップ、背は高いけどちょっと気が優しい4年生男の子1人、バスケットの経験はあるけど身体がまだ小さくて華奢な4年生女の子2人、この3人がサブ(補欠)です。コーチは2人、私はプレイヤー何人かをまとめて学校から会場となるジムまで連れて行く運転手。

 

最初の2試合は第1ヘッドコーチが指揮をとりました。試合に勝ちたい、そうするとどうも華奢な女の子よりも、すばしっこくてタフな男の子をコートにいれておきたくなるから、自動的に補欠3人のプレイ時間は最小限。指示はスターティングラインナップのプレイヤーばかりにだし、補欠は形だけ仕方なく最小限の時間だけコートにいれているというメッセージが見え見え。補欠の3人はだんだんゲームからもチームからも置き去りにされているような気分になってたのは明らかです。でもこういうのはスポーツの世界では仕方ないし(ちょっと小学生レベルにはタフだけど)、親が否定的になってはいけないと思い、私は娘に”勝ってよかったね!”と言いました。”うん、でも私とマリアはもう1回だけシュートをトライしたかったな”と娘は言いました。まだ9歳の時点にして、補欠というポジションになるのも、チャンスさえ与えられないのがちょっとかわいそうな気がしました。
(ちなみにこの小学生バスケットボールリーグは、各チームのコーチの方針によりプレイヤーの使い方はさまざまで、10人プレイヤーがいるチームなどは5人づつのチームに分けて、メンバーチェンジは5人全取っ替えで均等の時間プレイするところもあります。ただ、このパターンだと上手なプレイヤーも引っ込めることになるので、たいがいそのチームの勝率は悪いです。勝ちにこだわるか、プレイヤー全員公平にプレイさせて負け数をふやすか、いずれにしても何をやっても誰かしらに不平を言われるコーチは大変です。)

 

さて、3試合目からは第2ヘッドコーチ(第1ヘッドコーチは別の仕事と重なり不在のため)が指揮をとりました。チームもなんとなくそれぞれのポジションや役割りが固定しつつありまとまってきています。でもやっぱりサブ(補欠)はサブ。今日は試合までに少し待ち時間があったので、コーチはプレイヤーを集めて作戦会議。それぞれのポジションのプレイヤーに、試合中にそのポジションでやるべき仕事や動き、チームメートとの連携プレイをひとつひとつ確認していきます。そしてちょっと意外なことにその確認作業はサブ(補欠)3人にもまわってきました。”サブのレイとマリアとジャックはコートにはいったら、フォーワードポジションだからディフェンダーをふりきって、逆サイドのフォワードとスイッチして、パスをもらえるようにオープンになるんだよ。あとサブもスターティングも全員、ディフェンスの時は必ず両手をあげてディフェンスし、絶対に相手チームに楽にシュートをうたせないこと!” ホワイトボードにポジションと動きをわかりやすく図式で示しながら説明していました。ーーー

 

ーーー今日の試合はサブの3人は限られた時間ながらも、とても楽しそうに一生懸命プレイしていました。まるでこのあいだの試合とは別人のよう。

 

ベンチに座っていても、コートにはいってから自分がやるべき仕事のイメージができていたから。
自分が与えられている役割が明確だったから。
自分がチームの一員として必要とされているというメッセージをコーチから受け取ったから。

 

子供の反応はとてもわかりやすく、今日の試合での3人のサブ(補欠)の”やる気”は、まるで魔法がかけられていたようでした。
ほんの少しのコミュニケーションをするだけでこんなに変わっちゃうなんて、まさにマジックです。
サブ(補欠)にメンバーチェンジしても、チームのエネルギーレベルは変わらず、すごく強いチームでした。
試合が終わったあとコーチはサブ(補欠)3人にも、"上手にプレイできてたよ”と声をかけていました。

 

英語の挨拶の決まり文句、"Hi, How are you ? "(こんにちわ、元気? うまくいってる? 調子はどう?)、このHow are you ? という言葉は相手 (you) のことを思いやる最も簡単で日常的な言葉、"How are you?" と挨拶すると、"Good, Good, How are YOU ?"と返ってくるから、こちらも "Good, thank you."と返す。例えお決まりの挨拶でも、自分が気にかけられていると感じるとうれしいものです。

 

コミュニケーションをとるということは、相手に関心がある、相手を大切に思っているというメッセージ。
挨拶だけでもいい、目があったらニコっとするだけでもいい。今日会う人に、ちょっと自分の時間を止めて、相手のことを思ってみよう。ほんの少しのコミュニケーションが、私の人生ゲームに小さな素敵な魔法をかけてくれるかもしれない。

coach
 

(文中の人称は仮名です)

 

 

by Yoko, March 2006

Opportunity - チャンス、絶好の機会

12年前日本からマウイへ引っ越してきたとき、日本にとても心残りだったのはサッカーJリーグが見られなくなることでした。でもそんなことはしばらくしたらすっかり忘れ、今はこちらでバスケットボールのNBAプロリーグとNCAA大学リーグの試合をテレビで存分に見られることが楽しみのひとつとなっています。そしてマウイでは1年に1回マウイインビテーショナルという大学一部リーグのバスケットボールの招待試合があり、目の前でプレイヤーのエネルギーを感じることのできる最高のOpportunityです。マウイローカル向けに売り出されるチケットを買うために早々と並ぶ列にはいかにもスポーツおやじといった感じの男性ばかり、そこに女ひとり並ぶ私もスポーツおやじ。
 

バスケットボールはサッカー同様、知れば知る程見ていて楽しくなるスポーツ、ボールの動きやプレイヤーの動き、決められた試合時間の中での戦略や流れなど、知性と忍耐と情熱とチームワークが勝利のカギ。 NCAA大学リーグの試合、シーズン最後のトーナメントになるとWin or Go Homeという後には何もない熾烈な戦いで、同じ位のスキルを持ち合わせたチーム同士の戦いの場合、最後にはチームの情熱指数が高かったチームが勝つんだと思います。このトーナメントはMarch Madnessと呼ばれ、要は毎年3月のこの時期、まさに熱狂のトーナメント試合です。
 

さてマウイでは6歳から参加できる地域のバスケットボールリーグがあり、小学生の学校対抗バスケットボール試合もあります。スポーツはなぜか学校対抗になると闘志むきだしになり、プレイヤーもコーチも応援にも熱がはいるもの、こちらもMarch Madnessです。この学校対抗は対象年齢9歳から11歳。正規のバスケットボール同様、ポイントガード(ボールを味方コートまで運び、ポジションについたチームメイトにパスをするなど、攻撃の起点となるポジションです)がいて、フォワードポジションにセンターポジションと、きちんと教えられたとおり組織的にプレイします。敵のディフェンダーを錯乱し盲点をついてチームメイトにパスを通すのがバスケットボールの醍醐味、しかし、このパスをだすタイミングがなかなか難しい。オープンになってパスをもらおうと動き回るプレイヤー、それを阻止しようと一生懸命ガードする敵のディフェンス。
"Pass it, now !" "Pass it, already!" (今だ、パスしろ!)と何度もパスを通せる絶好のチャンスはあるものの、このチャンスはずっとそこにはいない。アっと思った次の瞬間はディフェンダーに追い付かれもうパスができない状態になっている。動き回るプレイヤー、今だ!と思いきや、判断が1秒遅れただけで、もう Too late(手遅れ)、ディフェンダーが追い付きボールをとられてしまう。。。あっ、今だ、パス! あ〜また手遅れ。。。
Pass, NOW !と言い終わらぬうちにポイントガードの手からボールが離れ、パスがとおり、ディフェンダーがくる前にシュート、よっしゃ ! 

上手いポイントガードは一般席応援団がパスしろ!と思う前に、すでに手からボールが離れている、チームメイトが一瞬オープンになったのを見逃さず瞬時に迷うことなくチャンスをつかみにいっている、パスが通りチームメートがシュートするという成功イメージに直結した動物反射的な直感とチームメートへの信頼がチャンスをつかむ。一方、まだ未熟なポイントガードは、一体何を待っているのかいつまでたってもパスをしない、もしかしたらチームメートが10秒位ディフェンダーにつかれずにオープンになるのを待っているのか、そんな生易しいお膳立てがあるわけないよ〜。
 

こんなプレイヤーの動きを見ていて、これって人生そのものだなと思いました。Opportunity(チャンス)は目の前を絶え間なく流れるように動いている、それをつかんで活かすか、そのまま流すかはポイントガードの勘と判断次第。変な例えだけれど、流しそうめんだって、目の前を絶え間なくそうめんがながれている、意思を決めてつかむこともできるし、そのまま流し去ることもできる。人生には成功するマニュアル本もなければ誰かがしいてくれる安全な線路もない、すべて選択の連続、選択とは公平にあるOpportunity(チャンス)を自分の意思と直感でつかみにいくこと。
 

まるで偶然のようにスムーズに物事が運ぶこともある、それはきっと神様がそうしなさいっていうOpportunityだからそういうときはなされるがままその波に乗っちゃおう。
 

何をやってもどうがんばっても何もうまく行かないとき、それはただ単にまだ時期じゃないってこと、サーファーがひたすら波を待つようにプカプカのんびり浮いていよう、必ず波はやってくるーーいつかやってくるその波にうまく乗れるよう、普段から力強くパドルできる筋力は鍛えておかないと。。。準備なしではいざというときに絶好の波に乗れないから。
 

自分がやりたいこと、こうなったらいいなと思うことをいつも夢みていよう、そうすれば、それにつながるチャンスを見逃さず瞬時に判断できるから。バスケットゴール下のチームメートにパスがとおってシュートし得点できたらいいなとイメージし続けるポイントガードが、いつ訪れるかわからない一瞬のチャンスを狙っているように。
 

小学生のバスケットボールの試合、たくさんの攻撃Opportunity(チャンス)を活かさないでいる試合を見て、このエッセイが頭にうかびました。元気になれる言葉をたくさん発信し、自分も元気でありたいと思いたち、せっかくだから書き留めておこうと思いました。

basket

(文中の人称は仮名です)

by Yoko, March 2006

*プロフィール*
内藤葉子 Yoko Naito
マウイ島にて現地旅行会社と
ウインドサーフショップをしています。
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