メイドオンマウイ元気のスパイス

元気のスパイスを、ハワイマウイ島からお届けします。 アロハエッセンスとマウイの風を感じてもらえるとうれしいです。

子育て

Shave Ice - シェイブアイスは何味を選ぶ?(マウイローカル美味しい情報その3)

日本でも夏で暑くなると、かき氷が食べたくなると思いますが、こちらマウイでもそうです。

甘ったるく暑いと食べてるそばから溶けてどろ〜っとしたアイスクリームよりも、かき氷はいつまでも冷たく、口の中も身体の中も一瞬だけでもカキーンと冷たくなるので、暑い日は本当にリフレッシュします。

かき氷はこちらではシェイブアイスといい、ハワイでは昔ながらのローカルの味として親しまれています。

オバマ大統領がハワイ(オアフ島)へバケーションで滞在した時も、シェイブアイス屋の外のベンチで子供と一緒にシェイブアイスを食べているところが写真に撮影され、ハワイ観光局のウエブサイトにも思いっきり使われています。

野外イベントやフェスティバルなどでは、シェイブアイスはどこでもとぶように売れます。シェイブアイスはハワイローカルの味の代表選手であることは間違いありません。

ここでちょっとだけ余談ですが、ハワイローカルの味定番と言えば、

スパムむすび

プレートランチ

アヒポキ

シェイブアイス

リヒモイ

上記全て知ってるよ、食べたことあるよ大好き! という人は、かなりローカル食通度指数高いです。(とくに最後のリヒモイを知っていたら、あなたはかなりのローカル精通度。)

観光地やガイドブックのレストラン巡りだけしているとなかなかローカル実生活の食生活には出会えません。 おしゃれ度は無視して、いかに安く美味しいものを食べようかということに視点を移して探索しはじめると、観光客食生活からローカル生活者レベルの食生活へ自然となりますので、けっこうたくさん発見がありますよ。
ですから、リゾートホテルではなく、キッチン付きのコンドミニアムに滞在してスーパーマーケットへ足を運ぶような滞在型の旅行スタイルにするだけでも食の視野がだいぶ広がります。


さて、話を戻してシェイブアイスですが、
その日はやはりとても暑く、パイアのシェイブアイス屋は店内待つ人の列。 シェイブアイス機はひとつしかなく、オーダーごとに氷をガシガシするのでちょっと時間がかかりますが、やはりその待つ時間というのが、欲しいものを手にした時のありがたみをさらに増幅させるのです。

シェイブアイスには、各種違った味のカラフルなシロップをかけてもらいますが、皆が好きなよくありがちなパターンは”レインボウ”といって赤青黄色(味的には、赤=いちご、青=バニラ、黄=バナナ)の3種類をかけてもらいます。

無難路線で行きたい人は、赤=いちご をオーダーする人が多いような気がしますが、気をつけて食べないと口のまわり、唇と舌が真っ赤っかになります。 赤ならまだかわいいのですが、青=バニラは真っ青になってしまうので、彼とのバカンスということでおしゃれをして完璧にきれいなお化粧で決めてるお嬢様方は、唇が真っ青になると、パンクファッション的というよりもむしろちょっとホラー的になりまわりの人が怖がるので、気をつけて食べてくださいね。

私の息子のカイ、いつものごとく喜んでこのシェイブアイス屋へ入って行き、”いつもの味”をゲットし、お店からニコニコしてでてきました。

その味は、これぞローカルの味 ”Li Hing Mui リヒモイ”です。 色は少し茶色がかった赤で、パウダーが少しかかっています。 ほんのりと梅の匂いがして、これが好物な人にはもうとっても豪華なシェイブアイスに見えてしまいます。 いちごやバニラやバナナという単語と違って、リヒモイという単語を知っている旅行者はほとんど皆無、こういうところでニコニコしながらリヒモイをオーダーするのは間違いなくハワイ育ち。

食べたことがないからどんな味だかわからないし、だからオーダーするのもちょっと気がひけると思いますが、けっこう日本人には昔なつかしい味的で、受け入れやすいのではと思います。 ぜひ今度お試しを! でもリヒモイも、口赤くなるので気をつけて。



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手にもっているのはいっちばん大きいサイズ(ジャンボサイズ)、こんなに大きいサイズはひとりでは食べられないので買わないように!

Hawaiian Hawaiian - ハワイアン父ちゃんはかっこいい

「Dave's Dad is so cool !   デイブの父ちゃんって、すっごくかっこいいよ」と息子のカイが言います。
どうして? と聞くと、
"He is so Hawaiian, relax and laid back unlike you who always keeps busy yourself."

「いつもリラックスしてて大きくかまえてるしゆっくり話すし、まさにハワイアンスタイルそのものですっごくかっこいいよ。いつも急いでいて忙しそうにしているママとは大違いだよ」

へえ〜そうなんだ〜、せっせと忙しくしていないで、リラックスしてのんびり大らかにしているのがかっこいいんだ〜とは私の反応。

日本で高度経済成長期の親の姿を見て育ち、かつて東京のど真ん中で働いていた私にしてみれば、朝から晩まで仕事に追われて忙しくし、1日のスケジュールはびっしり、人よりも多くの仕事をこなす為に早口でしゃべり、いかにも仕事ができる人みたいに業界用語を連発し、どうやって人を説得し主導権をにぎるかという作戦に頭をつかい、さらに残業や休日出勤があるとちょっとかっこよく、国内出張に海外出張なんかがはいるとこれぞ日本のビジネスマンって感じで、そんな自分にけっこう酔いしれてたりしてたんだけど。。。

今マウイで仕事をしていても、長年身体にしみついているものは早々簡単には変わらず、リラックスしてのんびりしていることにはどうもなぜか罪悪感を感じ、いつもどこかで自分を忙しくしてしまいます。仕事をたくさんして忙しくしていることが、大人の責任と社会への義務であり、自分も成長できるとずっと思っておりました、、、がしかし、ハワイ育ちの我が子供達は、私の価値観とは全く違う価値観を持って育っておりました。

息子が言った言葉を逆に言うと、「いつも忙しく仕事ばかりしているママは、すっごくかっこ悪いよ!」と聞こえます。

忙しくしていることは誇りでありかっこいい大人なんだと思っていた私、”リラックスしている大人がかっこいい”なんて子供が言うのを聞き、衝撃的に拍子抜けをしました。

そういえばマウイに来たばかりの頃、仕事が休みの時にまでウインドサーフショップに出勤してきている私の主人に、ショップのスタッフたちは口々に "You are crazy!  So crazy!!! "(休日まで仕事するなんて頭がおかしいゼ!)と言っていました。 

ちなみにその頃のショップのスケジュールは完全週休3日制、人によってはほかにバイトをして足りない分を稼いだりしている人もいましたが、やはり基本形は仕事+海+友達(家族)=ライフスタイル。(海)の部分はもちろん人によって若干異なると思います。例えば、ウインドサーフィン、サーフィン、釣り、ゴルフ、音楽、バスケットボール、サッカー、テニス、ランニング と言った具合に。 少なくともここ(マウイ)では、仕事=自分、仕事=ライフスタイルという公式はありえません。 特にうちのウインドサーフショップの場合は人を雇う時にはその人のライフスタイルにあわせて、スケジュールを組みます。 風の吹く午後にはウインドサーフィンに行けるように午前中昼過ぎまで働いてもらって午後はオフ、土曜日は子供のサッカーの試合があるからオフ、午前中は別の仕事をしているから午後働く、火曜日と木曜日は奥さんが働いているからその日は奥さんの変わりに子供の面倒をみるからオフ、午後はコミュニティカレッジの授業がはいっているから午前中に働く などなど、完全に個々のライフスタイルを優先した勤務スケジュール体制です。 すごく大きなサウススウエル(大波)がはいったある朝、”キヘイにすっごいスウエルがはいっていて写真撮りたいから、今日はちょっと遅れて出勤するけどいい!?” なんてこともたまにはアリアリです。

もちろん小さなショップだし、なによりお互い信頼しあっているからこそ、こんなことができるとも言えます。 仲間に譲れるときに譲っておけば、自分が必要なときには自然と助けてくれるし、基本、友達や仲間が充実した楽しいライフを送っていれば自分も幸せになれるってことです。 

 

さて息子のカイがかっこいいと言ったデイブのハワイアン父ちゃんですが、何年も前に(デイブのお父さんだと認識して正式に知り合いになる前)初めて学校行事でお見かけしたときは、”怖いっ!。。。”という第一印象でした。 色の黒い肌に筋肉質のでっかい体、髪はボウズに近い位短く刈っていていつも赤か青のバンダナをかぶっており、首には銀色のチェーンネックレス、当然のことながらハワイアン特有のタトゥー(入れ墨)をいれ、ごっついアーミー服(自衛隊のような服)を着ており、そしてサングラスをはずした目はものすごく眼光鋭く、本当に怖いと思ったのです。簡単に友達になるにはちょっとほど遠いって感じでした。 

ところがところが、そんな私の第一印象はもう本当に今では申し訳ないと思う位実はものすごく間違っていて、今では会うと、くしゃくしゃに顔をくずして笑い、正面から優しく大らかな目で受け入れてくれます。 ちょっと遠くに居ても、気づくと人懐っこく近寄ってきてくれます。 息子のカイの面倒を見てくれたときがあり、”ありがとう”と言ったら、”カイは最高の男の子だよ”と言って、私を思いっきりハグ( Hug = 愛情をこめて強く抱きしめる。こちらでは親しい人に会ったときの挨拶です)しました。

デイブは自分のお父ちゃんの口調をマネをする時があります。ある日、息子のカイがほかの友達と口論になりそうになり、早口でまくしたて始めたときでした。
(すごーくゆっくりとした口調で)" Relax, Relax, just fine, everything all right, no problem." リラックスして、リラックスして、大したことないから、大丈夫、すべて大丈夫。。。

そんな風に言われると、感情的に熱くなって早口でしゃべっている自分がばかばかしく思ったのか(傍から見ていて、少なくとも私はそう思いました)、別にどうでもいいことだと気づいたのか、とにかく拍子ぬけしたようで、皆で笑って終わり、本当の口論(もしくはもっと最悪の事態)には発展しませんでした。

ところでRelax=リラックスの意味ですが、仕事も何もしないで怠慢にぐうたらしているという意味ではないということに気づきました。
”物事に動じない”と解釈するべきでした。
何か問題が起こったとき、何かトラブルが起こったとき、何か自分が欲していないような状況が起こってしまった時、腹をたてたり感情的になるのではなく、まずは状況を受け入れる大きな心を持っていることです。
生きていてすべて100%完璧に自分が望むとおりに物事が起こることはありえません。
ましてや人のせいにしたり環境のせいにしても何の解決にもならないし、かえってますます腹がたつだけです。
起こることは状況なだけであり、こんなことは大丈夫大丈夫と自分が思えば、すべては大丈夫なのです。そういう大きな気持ちでいたほうが、自分の中でストレスもなく、かえって冷静に問題解決ができたり、人をむやみに傷つけることもなく、皆平和で仲良くいられます。

"Speak Slowly, Wear Loud Shirts." という昔のハワイアンが書いたハワイアンのルールがあります。

=話す時はゆっくり、心は広く。

あ〜、そうなんだ、ここでは。
ちょっとのことで大きく反応したり感情的になったり早口でまくしたてたりすることが多いね〜私は。だからカイはデイブの父ちゃんをリラックスしていてかっこいいって言うんだね、きっと。

ゆっくり穏やかに話し、何が起こってもどうにかなるさ位のすべてを受け入れるでっかーい心をもつハワイアンスタイルが、ここではかっこいいのです。

aloha st(ここはハワイです。車のライセンスナンバーにもアロハの州とはっきりと書いてあります。ここではゆっくり話しましょう、そして心は広く!)
 

 

Aloha Spirit - アロハスピリットとオバマ大統領

2008年11月5日、アメリカ大統領選、
ハワイ出身のオバマ大統領がハワイ州で約73%の票を獲得した瞬間、ハワイの人はこう言いました。
”ハワイにとって、アメリカにとって最高の日だ。世界は今アロハスピリットを切実に必要としている。”
(11/5のコラムより:"This is the great day for Hawaii, a great day for the country", said U.S. Sen. Daniel Akaka.  "The world really needs the spirit of aloha.")

 
アロハスピリットという言葉は、ハワイに関心がある人は誰でも聞き慣れているハワイを象徴する言葉ですが、具体的にどういうことをアロハスピリットというのでしょう。
”人に親切にすること” かな〜となんとなく私は理解していました。

 
オバマ大統領が、ある記者のインタビューにこのように答えています。
記者の質問は、”ハワイというと誰もがパラダイスだと想像する場所ですが、ハワイで育ったことによりそこで得たものは何ですか?”

 
オバマ大統領の答えは、”自分の周りに居る人には気を配り、お互いに親切に感謝の気持ちで関わりあうこと、そしてハワイに住んでいて最も重要なことは、人の見かけや外見は、その人の中身や人種や権力を表すものではないということを得ました” というものでした。 

さらにオバマ大統領はその意味の説明を続けます。
”アロハスピリットの精神に通ずるということを説明したいのですが、私たちは皆ひとりひとり孤独なのではなく、皆お互いに助け合って生きて行く義務があるということです。 誰かが困っていれば助けるということです。 例えば、子供たちにとっての最良の学校がなければ学校をつくる、すべてのお年寄りが快適に不自由なく暮らすことができる環境をつくる、というようなことが、お互いに気を配りあい、助け合って生きていくということです。 黒人も白人も、日系アメリカ人も韓国系アメリカ人もフィリピン系アメリカ人も、みんな同じアメリカ人であり、すべての多様な能力をもちよってアメリカをよりよい国にするために共に働くのです。”

 
ハワイは、もともとそこで生まれ育ったハワイアンに、移民である日系、韓国系、中国系、フィリピン系、サモア人、トンガ人、メキシコ人、ヨーロッパ系、南米系、そしてアメリカ本土からの白人や黒人 と 多種多様の人種のるつぼであり、多数派で権力をもっている特定の人種はなく、すべての人種がマイノリティー(少数派)です。だから、すべての人と仲良くしなければならない環境です。

 
この人種のるつぼである環境は小さなマウイ島では大変わかりやすく、特に私の子供たちは3歳の時からプレスクールへ行き、5歳の時から地域のありとあらゆるスポーツチームにはいり、ダメ押しは限られた少人数のグループが行くプライベートスクール(私立学校)ではなく、”住んでいる人誰でも全員が行く”パブリックスクール(公立学校)に通っているものですから、そこにはいつでもどこでもすべての人種がいて、子供たちの中には”あいつは日本人、こいつはフィリピン人”というような ”人種”の概念は最初からまったくありません。 あともうひとつ、子供たちの中で、先輩後輩というような”年齢の違い”という概念もまったくありません。(先輩後輩という日本語は、英語に訳せません。先輩後輩という文化が存在しないので、それに該当する英単語は存在しないのです。このあたりのお話はまた後日補足します)

 
私が育った日本は単一民族の国であるがゆえに、違いや人のみかけで判断してしまうようなことが、私が小中学生だった頃からすでにありました。とてもわかりやすい例は”転校生”、他の県から引っ越してきたり、ヨーロッパ人と日本人のハーフで髪の毛が金髪に近い茶色だったり、帰国子女で英語がぺらぺらだったりするだけで、学年中の好奇心と注目の的でした。 髪型や服装が人とちょっと違ったりするだけでも、まずは校則というものにひっかかり、大人たちからはなにかを言われ、そして子供の世界でも年功序列(先輩、後輩の世界)があることなど、それこそ見かけや違いでお互いの壁をつくったり人を判断したりということが当たり前のことでした。 

 
自分の子供は”人種”の概念は全くなく誰とでも最初から仲良くしているのに、恥ずかしいことに親である私が”人種”や”違い”という概念に長い間とらわれていました。「金髪の白人」「色黒のアジア人はフィリピンかトンガか」「色黒で太り気味だからハワイアンか」「この子は年上?年下?」「小学生でパーマをかけた髪にピアス?」などなど。。。外国生活でよくありがちの ”日本人会” 的な安心して所属できるようなグループもないから自分で友達を見つけなければならないし、自分の子供がどういう子と友達になるのか検討もつかないし、でも不良グループにはいるのだけは阻止したいし、といういろいろな思惑のもと、無意識のうちに外見やみかけからの詮索作業にはいってしまうのです。 しかし、人種のるつぼ社会初心者の私は、外見からの詮索作業は、その人のことを知る手がかりの助けにはまったくならないことを子供たちの世界を見ていて悟りました。 
例えばわかりやすい例でいうと、野球のチームで、それぞれの選手の良いところや得意なプレイ、パフォーマンスや役割によるチームへの貢献度には、人種や外見はまったく関係ないのです。 各人そのものからでてくる能力や個性や人格が関係しているのです。
 
 
自分の子供がほかの子供に接する姿を見て、スポーツ活動や学校活動を通して、無意識のうちに外見から人を詮索する ” 色めがね” を10年位かかってやっとはずすことができたと思います。

 
東京に居たときは知らない人とは特別に必要がなければ会話もできませんでしたが、今は通りすがりの知らない人となんのためらいもなく会話ができるようになりました。 こちらでは、知らない人同士でも、たまたま目が会うと "Hi, how are you doing? やあ、元気?" といったような会話がよくあります。
日本からハワイへ観光で来る人も、おそらく田舎へ行けばいくほど、ローカルの人に話しかけられたり親切にされたりという経験もあるのではないかと思います。

 
他民族のよせ集めハワイでは、基本的に人々は誰でもウエルカム、この島のこの土地で同じ時間に生きている人間同士という理由だけで十分であるということがわかります。
これが私がハワイに住んでいて得たものですが、
これもまたオバマ大統領がハワイで得たというアロハスピリットの精神に通ずるものがあることに気づきます。

 
大統領任命式の直前、オバマ大統領は、自身の娘さんたちへ手紙を書いています。その手紙は新聞の冊子の特集で全国公表されたものです。
「若い頃自分は人生はすべて自分ひとりの為にあると思っていた。どうやって世界にはばたこうか、どうやって成功者になるか、どうやって自分の望むものを手にいれるかばかりを考えていた。しかし君たち2人がこの世に生まれてから、君たちの好奇心や悪戯や笑顔はいつでも私の心を満たし日々を明るくしてくれた。そうしたら突然自分の大きな野望はもはや重要でないことに気づいた。 君たちが喜び幸せである姿を見る事が、私の人生の最高の喜びであることに気づいた。 君たちがあらゆる可能性や機会に満たされ幸せになることが、私の人生の幸せであることに気づいた。 君たちだけでなくアメリカのすべての子供たちが幸せになって欲しい。アメリカのすべての子供たちにそれぞれの最大限の可能性に出会える学校へ行き、親の経済力には関わりなく大学へ行けるようにし、いい仕事に就き、家族と十分な時間を過ごす事ができる余裕をもった人生を送り、幸せに老後を迎えて欲しい。だから大統領に立候補しました。」
さらに手紙の中では、「この国の為に、各人の最高の能力と可能性を引き出すために、人間が勝手につくりあげてきた人種、地域、性別、宗教間の差別や境界を全力でとりはらいたい」とも言及しています。

 
”ハワイのことを知らないと、オバマ大統領がどういう人であるかということを理解することはできません” と、大統領夫人であるミセスミッシェルオバマがインタビュアーに言っています。


windy palmアロハスピリットの精神は、もしかしたら本当にアメリカに世界にチェンジ(変革)をもたらすのかもしれません。
少なくとも、私の人生と価値観には時間はかかったけど大きなチェンジをもたらしたのですから。 


記:
2009年1月21日 Maui News(新聞)に特集版
From Aloha State to Oval Office
アロハ州(=ハワイ州の通称)からホワイトハウスへ

 obama

Human - 人間はみな友達

私の息子(14歳)のカイのバスケットボールリーグ、今回のチームにはカイのひとつ年上の大きな女の子(名前はターシャ)がいます。

9人の男の子の中でただ1人の女の子、もちろん今回初対面のメンバーもいる中、ターシャは初めからみんなにとてもフレンドリーでいつもからだ中から笑顔をふりまいており、カイとももう10年来の友達なのではないかと思うほどうちとけて仲良くしています。 普通は初対面のときというのは必ずお互い無言の探り合いみたいな時間があって、完全にうちとけあうのに少し時間がかかるものですが、ターシャは最初からとてもリラックスして全員となじんでいました。そんな素朴で無邪気で”人間が大好き”みたいなオーラと笑顔をふりまいているターシャはとてもかわいく、いままでこんなかわいい女の子はいなかったな〜、またすぐ会いたいな〜とさえ思うほど”気になる女の子”(ただ無性にそのあふれでているオーラに惹かれるのです)でした。驚いたことに、この点は私のダンナもまったく私に同感していました。
 

シーズンが終わりに近づき、私はコーチに渡す感謝の贈り物を購入するべく、各プレイヤーから1人10ドルづつお金を集めていました。 
ターシャに ”10ドル持ってきた?”と聞きにいくと、ターシャが隣にいる女性に向かって、"Mom, Ten Dollars !"(お母さん、10ドル!)と手を出しています。 ターシャがMomと言ったその人は、練習も含めて約2ヶ月間続いていたこのリーグで、その日初めて姿を現しました。 いつもターシャにはお父さんがついてきていたので、その人がお母さんだということはその瞬間に初めて認識しました。

ターシャのママはその日、バスケットボール試合会場にはとても場違いなテニスウエアを着て、サンバイザーをかぶり、妙にとても目立っています。

その1週間後、最後の試合(2008/7/12)が終わったあとに私がそそくさとポットラックパーティ(Pot Luck = 食べ物持ちよりパーティのことです)の場所確保をしていると、ターシャのママ(名前はサオと言います)は私に近寄ってきて、何の前触れもなく突然テニストーナメントのパンフレットを見せながら、”見て、見て、ここに私が載っているのよ。私このあいだのトーナメントで優勝したのよ!” と自分のテニス話を唐突にすごく楽しそうに始めました。

サオとは前の週10ドル集金時に一言会話をしただけで、その日は会ってからまだ2度目。にもかかわらず、いきなり私の家のドアを呼び鈴もならさずに勝手にあけてズカズカとはいってきたような突然訪問攻撃にすごくびっくりしている私は、話を聞きながらも”私とこの人ってこんな親しかったっけ? この人、私のことを誰かほかの人と勘違いしているんじゃないかな〜”などと考えながらここはどういう風に反応するべきかを緊急で探っている状態です。その突然訪問攻撃は、”初対面からこの人馴れ馴れしくて失礼な人だな〜”と思ってしまうかもしれないヤバイ境界線を超える半歩手前位でウロウロしています。 こういうタイプの人はけっこうマウイにはよくいるので慣れているつもりなのですが、経験的にハワイアンではなさそうです。フィリピン人は初対面はシャイだし、トンガ人もありがちだけど違うような気もするしな〜、でも絶対ハワイアンではないな〜、などと私の中で今度はその人種を緊急に探っています。そんなこんなで内心かなり混乱気味であることを覆い隠しながら話につきあっている内に(この間およそ3分位という短い時間)、気づいてみたらそんな混乱状態も忘れ、私はサオの話に耳を傾けゲラゲラ笑っていました。サオはテニスがものすごく上手くて男性のプレイヤーよりもパワーがあるのでみんなから恐れられていること、ある時はサオがショットした球が相手プレイヤー(男性)の急所を直撃したこと、だからサオとプレーする男性プレイヤーは野球選手が着用するカップ(急所を保護する為の固いプラスチックのカップです。日本語で何と言うのでしょう?)をする必要があることなど、そんな話にウケて爆笑している私。 その後は気づいてみると、私も含め約7名ほどのチームの親たちが座っている真ん中にサオは仁王立ちになり、サオとだんなさんがどこで出会ったかとか、白人である自分のだんながどんなに自分よりもスポーツができないかとか、そんな自分の話をしつつ、ほかの夫婦にもどこ出身かとかどこで出会ったのかとかかなり個人的なことをつっこみながら、その日のその瞬間が初対面であるにもかかわらず完全に輪の中心で笑いをとりながらうちとけた空気を創りだしていました。
 

サオはウエスタンサモア出身(100%サモア人です)でした。 どういうわけだか知りませんがサンフランシスコのボーリング場で働いていた時に、そこにお客さんで来ていたアメリカ白人のだんなさん(ジム)と出会ったそうです。 サオは”白人男(ジムのこと)は痩せていてボーリングもへたくそでスポーツもできないし頼りないのよ”と言い、ジムは ”サモアっていう国は女ばかり強くて最悪の国だ”と言い返し、その様子はまるで夫婦漫才そのもので、私たちはみんなゲラゲラと笑っていました。

そんなごく普通の出会いでほんのひと時の時間でしたが、なぜか私にはカルチャーショックを受けたような不思議な”衝撃”が残りました。 
 

ターシャと同じ素朴で無邪気で”人間が大好き”オーラを振りまいており、何の壁もなく偏見もなく疑いもなく初対面の私の中へ無防備で飛び込んできました。なんだかすごくなつかしいような暖かいような安心感のあるようなそんな気持ちが残り、またサオに会いたいな〜と思いました。


なんでそんなに衝撃を受け、心に残ってしまったんだろう?何にそんなに惹かれているんだろう?としばらく考えていました。答えはすぐにわかりました。きっと私はずっとサオのようにターシャのように、誰にでも何の壁もなく偏見もなく疑いもなくすぐに友達になれる、人間が大好きな私になりたかったのです。正確に言うと、人間が大好きな私に”戻りたかった”のです。

小さな子供の頃はそうだったはずだということを思い出しました。”葉子ちゃんはいつもニコニコしているね”とよく言われていました。誰とでもすぐに仲良くなりました。 

都会のシステムの中で大人になるうちに、人間に対しての偏見や疑いや壁といったものが徐々に蓄積されていき、どうやって人を判断するかとか、どんな風にかっこよく自分をみせたいかとか、そんなテクニックみたいなものが優先されていったようなそんな気がします。ですから初対面の人とは最初から100%自分を出すことができません。サオとの出会いは、人間が大好きで、誰とでもすぐに友達になれる無邪気だった子供の頃の感性を私に思い出させたのです。私が私自身でいられた本質に引き戻してくれたのです。

サオとのカルチャーショック的衝撃の出会い以来約6ヶ月後、ハイスクールのバスケットボールシーズンが始まり、ずっと会いたいと思っていたサオに試合会場でついに再会することができました。

サオといると、たわいもないごくごく普通の会話をしているだけなのに、サオのナチュラルな人間愛のオーラのせいか、すごく暖かく平和な安心感に包まれます。なんかもう長い間友達であるようなリラックス感があるのです。 そして必ず毎回”笑い”が生まれます。子供の頃に何の心配もなく、無邪気に家族や友達と談笑していた時のような感覚に引き戻されるのです。私の本質はここにあったんだと気づかされます。

今日もバスケットボールの試合会場で、サオは(絶対初対面だと思う)隣の人の膝をたたきながら”ちょっと見て、あのコーチ騒々しいわね〜、あっはっは”なんて勝手に話しかけながら、喜んで試合観戦しています。

2009年1月

(サモアの話はまだもう少しだけ続きますが、また後日に。。。)

mhibiscus

 

 

Ocean - 海で遊ぶのは最高の癒し特効薬

あ〜〜楽しい!!! 気持ちいい!!! 海からあがって、大きな声で独り言を言ってしまいました。

忙しい夏のあいだはご無沙汰だったウインドサーフィンをしに久しぶりに海にきました。 パステルがかったようなライトエメラルドブルー(マウイの海の色は既存の言葉で表現できず、感覚で言葉をつくりました)の海にホワイトキャップ(白波)があちこちに立ち、波の音、潮の香り、頬に真横から吹きつける風、すでに海上を滑走しているウインドサーファーをみて自分も早くあそこに行きたいと気持ちがはやり心臓がドキドキし身震いしてくる。 いつもそこにある海と風は、私のすべての感覚にすごいパワーでその存在を示し、迎え入れてくれます。
”あ〜、海はやっぱりい〜ね〜”と、今度は半分は独り言、半分は横にいる友達に向かって声にだして言ってしまいます。 友達は”初めてここに来たわけでもあるまいし、もう何年この海に来ているの?”とでもいいたげに、”ようこちゃん、幸せだね〜”と言って笑っています。 いつもいつも同じ場所の同じ海なのに、毎回毎回初めてこの海を見たときのことを思い出します。 こんなパステルがかったようなライトエメラルドブルーの海でウインドサーフィンやっちゃっていいの? と思ったことです。 こんなウソみたいな海の色は、沖縄、グアムとそしてハワイでしか見たことがありませんでした。

 

もうこれだけでも十分満足で癒される〜といったところだけど、海につかるとまたそこには別の世界が待っています。 風を受けて岸から離れ、沖に向かうにしたがって、人の気配は遠ざかり、自分と海と風だけの世界にはいっていきます。不思議と陸での生活のわずらわしさや懸念事項、心配事などという面倒なことは、この時ばかりはどこかへ吹っ飛び、今のこの瞬間がよければ後はどうでもイイヤ的な子供のようななんとも楽な気持ちに戻り、やがて自分の瞑想の世界にはいっていくような、自分と自然だけの世界に陶酔してきます。 私はよく海の上でもつい独り言を言ったり、そして歌いながらウインドサーフィンしていることもあります。でもこれは独り言ではなくて、自然と会話しているつもりです。 沖でターンができずに、そのまま海に沈すると、それもまたそれで気持ちよく、海に全身抱かれている感覚になり、”あ〜ここは母なる海なんだな〜、海に抱かれるって気持ちいいんだな〜”ということに気づきます。 ちなみに私はマウイにいるとはいえ、プロのウインドサーファーでもないし、コンテストにでるような腕もなく、(言い訳をさせてもらえると子育てやその他事情により途中何度も長いブランクがありましたので)、いつまでたっても腰ひけ状態のしがないウインドサーファーですが、 それでも海にでるとこんなに素敵な自然との一体感を味わうことができ、そしてなんといっても最高の癒し特効薬です。ストレス解消&健康の為のリフレッシュに、ヨガをやったりエアロビクスや水泳をしたりもしますが、この海上自然一体感による特効薬ほど効くものはほかにはありません。

 

高校生のときつきあっていた彼氏はサーファーで、ある日千葉の九十九里の海までついていったことがあります。海をみるやいなや、サーフボードとともに海にくりだし、私が浜にいることなんて忘れてしまっているかのように2度と岸に戻ってきません。最初は海って気持ちい〜な〜と思っていた私も、浜でやることもなくだんだん退屈になってきます。せっかく一緒に海に来たのにおいてけぼりをくったような寂しい気持ちにさえなってきた頃に、やっと海からあがってきた彼はもう完全に海と恋人同士になったかのように頭も気持ちも海に支配された興奮状態にあり(要は、最高の波をつかまえて大満足し、舞い上がっちゃっている状態)、もはや私とは別の世界にいっちゃってます。 浜にずっといた私は頭で余計なことばかり考えている大人、海に抱かれた彼は完全に今楽しければそれでいいやの子供状態になっており、なんだか海に彼の感心をすべて持っていかれたようで、ばかみたいに海に対してヤキモチをやいているような気分になりました。どうしたら私もその同じ世界にいってその興奮を共有できるのかと考えていました。

 

ウインドサーフィンをはじめた頃、来る日も来る日も、アップホールライン(セイルをたぐりよせる為のヒモ)をたぐり寄せては、足もとのバランスをくずしセイルがうまく立たずに失敗、また最初からやり直し、やっとセイルがまっすぐにたって足もとのバランスをくずさぬよう用心深くブームをつかみ、セイル手をひきこんで風を受け1メートルはしって沈、この繰り返し。でもなぜか、つぎは1メートル10センチ進めたらいいな〜、その次は1メートル20センチと、次はもう少し行けそうだというような、やめられない魔力に引き込まれ、またやりたくなってしまい、海の上で地道な努力を重ねながらも、海にはいるのが楽しくなっていました。
海で遊んでいるときはかっこいいパンプスもはいていないしルイビトンのバッグも持っていない、顔は当然化粧っけのないすっぴんに、髪は海水でべたーとぺったんこ、お肌は完全に紫外線でやられちゃってるし、そればかりか握るのに邪魔だという理由から結婚式翌日から結婚指輪は永久にはずしたままという、いわば何ももっていない素のままの状態。でも、気分だけは最高。そう、母なる海で、なんの心配もせずに時間も忘れて夢中で遊ぶ子供にもどっちゃってるのだと思います。子供に戻れる時間があると、いとも簡単に心地よく癒されていきます。

wsfkana私の息子のカイは陸のスポーツが大好きで、マウイにいながら海もそんなにはいりたがらないのですが、 最近思い出したようにウインドサーフィンをしてみました。
海からあがってきたカイに、”どうだった?”と聞くと、" It feels so good, so relaxing.(最高に気持ちよくてリラックスできたよ)"と言っていました。 子供でもそう思うのネ、じゃあ海の癒し効果は本物だ、と思いました。

 

 

by Yoko, October 2007

Difference - 自分とは違う素敵な個性

試合のあいだじゅうずっとコーチがプレッシャーかけつづけるから、もう楽しくないよ。。。。。サッカー大好き少年の9歳の息子カイがある日ポツリと言いました。
5歳のときからプレイしている子供のお遊びリーグから、初めてスコアをつけて真剣に勝敗を競うマジなリーグへ昇格、リーグ初体験の若いプレイヤー主体だったチームにもかかわらず快勝をかさね、決勝まで行ったのはつい前年8歳のときのこと。プレイヤーもコーチも親も初めて体験する真剣リーグ、試合中はプレイヤーとコーチは親とは離れた反対側がベンチとなり、親と子供の接触はできず、親たちはなんだか取り残されたような気持ちながらも子供の成長を感じ、勝敗に一喜一憂し、目標に向かって練習に精をだし、オアフ島へ2泊3日の遠征にまで行く団結したチームでした。
ほとんど同じメンバーで2年目のシーズンがはじまり、今年こそはマウイで優勝してハワイ州決勝へと力がはいるのは自然の流れ、ただ前年のヘッドコーチが仕事で多忙のため、アシスタントコーチが事実上のヘッドコーチとなりました。もともと負けずぎらいでアグレッシブなコーチはそのパワーを存分に発揮、8〜9歳のサッカープレイヤー達は、まるで高校生リーグのような厳しさのもとに、完璧なプレイを要求され、上手くできないプレイは試合中でもそのたびに怒鳴られ、1試合のなかで2、3回あるかないかのハットトリック(?)やスーパープレイを除いたほとんどすべてのプレイに対して大声で怒鳴られる男の子たちからは、仲間と一緒にボールで遊ぶのが楽しいという笑顔がだんだん消えていき、いつのまにか強制的にやらされているような雰囲気になっていきました。
8〜9歳だと、今まで頭ごなしに怒鳴られたことのない男の子もたくさんいると思われ、畏縮して完全にやる気をなくしてしまっている子もいます。私の息子カイは幸運(?)なことにその母親に過去怒鳴られたこと多数、コーチとは小さい頃からの顔なじみ、基本的にコーチのことは友達のように思っているほど大好きです。ですから畏縮してしまうほどではありませんが、”嫌だな〜”的な葛藤を感じているのは確か、プレイの失敗やうまくいかないことなどもすべてコーチのせいにしはじめています。このままでは、シーズン中楽しくプレイをすることはおろかサッカーがきらいになってしまいそう。じゃあ、どうする? もうこのチームは辞めて、ほかのチームにはいる???

 

チームを辞めてしまえば明日からはコーチのプレッシャーを受けずにすむし、とりあえず状況は変わるので今の葛藤からは解放されるでしょう。 でもそのあとどうなるのか? 新しいチームにはいって、そのチームのコーチが怒鳴らないなんていう保証はないし、多かれ少なかれ別の問題が起こることも十分にあります。そこでまた問題があったら、また別のチームを探すのか? そのチームだったらなんの問題もなく100%満足になれる保証があるのか? コーチが怒鳴るのが嫌だから辞める、ではあまりにも理由が身勝手で短絡的な決断に思えます。9歳の息子のカイにとってはこれは初めての他人との葛藤、このようなことはサッカーチームでなくともこれからの人生いたるところで起こります。チームメイトが嫌い、学校の先生が嫌い、職場の上司が気に入らない、同僚が気にくわない、、、などなどはいつでもどこでも簡単に起こりえるシチュエーション。嫌なことがある→辞めるということを今から簡単にやりはじめたら、習慣となり、一生どこへ行っても簡単に辞め続けることになるかもしれません。だから、今までも始めたことは最後まで全うする(シーズン途中で辞めない)ことだけはさせてきました。

 

コーチのせいにすることはちょっと横において、自分のことを考えてみます。なぜ、カイが嫌だな〜と感じているのかー自分がプレイするたびに怒鳴られるということを期待していなかったから。
なぜ母親の私が嫌だな〜と感じているのかーお遊びサッカーリーグでは子供たちがころんでも失敗しても何をしても可愛く、なにが起こっても誰も責められることもなくなごやかな笑いになるだけのほのぼのリーグ、しかし今はコーチが勝敗に熱くなり過ぎて失敗もできないほどシリアスになりすぎているのが、自分の描いていた期待とは違うから。では、自分の期待どおりになるように、コーチに申し出て明日からやり方をあらためてもらうことができるか? 人間は人に言われて1日や2日でそう簡単に変わることはできません。特にそれがその人の個性だったり信念だったりなどパーソナリティに直結している部分だとなおさら変わるのには時間が必要です。自分以外の人を自分の思い通りに期待どおりにするのはほとんど不可能です。恋人だって、自分の夫だって、親だって、すべて自分が描いている期待どおりの人間だったかというと100%そうではないし、自分の子供だともっとわかりやすく小学校高学年ごろからだんだん自立しはじめるに従って、もはや自分のお腹の中に自分の腕の中にいた赤ん坊ではなく、自分とは違う別の人格の人間であり、自分の思い通りには動いてくれないことに気づかされます。

 

自分とは別の人である限り、誰も人のことを変えることはできません。では相手が変わらないなら、自分ができることは何でしょう? 相手の首をしめて縄をかけて自分の思い通りに変えることはできないけれど、自分が変わることは自分が決めればいいだけだから意外と簡単にできます。自分勝手な期待にもとづいて自分が理想としている登場人物になることを人に押しつけるのは止めて、相手のあるがままを受け入れてみると、”あれ、この人のことちょっとは好きかも。。。”なんてさえ思えてきます。

 

カイのコーチはほかのお父さんたちよりも年齢が若く、子供たちと一緒に走っても息もきれないし速い、仲間といつも一緒にいられるチームスポーツが大好き、声が大きいのでコーチに向いている、時間を惜しまず子供のように夢中になって練習に励む(日が暮れてもまだ練習していて、コーチなのか遊び盛りの子供なのかわからなくなることも?!)、練習や試合以外の時間も子供たちを誘って高校生の試合を見に連れて行ってくれる、そして何と言ってもコーチがいるからこそ、このチームが存在しているのです。私にはハイク地区の子供たちを集めてコーチになるほどの勇気も能力も体力もありません。あなたがいるから、ハイク地区の男の子たちでチームをつくることが実現し、子供たちが一緒に成長していかれるのです。子供たちがここでサッカーができる環境を提供してくれてありがとう。私たちの子供なのだから、あなたの不得意な事務処理や連絡係は、私がやりましょう。あなたが怒鳴ったあとの子供たちのフォローはアシスタントコーチ(前年までのヘッドコーチ)の得意分野です。そして、家でのフォローは当然親である私が努力してみます。”プレイヤーはコーチのことを選ぶことはできないよ。たとえプロスポーツ選手になっても、コーチはプレイヤーを選べるけれど、プレイヤーはコーチを選べないよ。たとえプレイヤーが全員そろっていても、コーチがいないとゲームはできないよ。コーチのあるがままを受け入れようよ。コーチをだまらせることは不可能だし、これからもコーチは怒鳴りつづけるよ。でもそれはカイの人生には影響しないよ。He is a great coach and you like him, だからコーチのあるがままを受け入れようね。そうでないとママがコーチをしないといけなくなるよ。” 最後の文句は半分脅しというか、”それだけは止めてくれ〜”状態によるあきらめ誘導作戦に近いものがありますが、その後はカイはコーチの不平は言わず、怒鳴られることにも慣れ、無事そのシーズンも最後までプレイすることができました。

mplumeria

(文中の人称は仮名です)

 

 

by Yoko, January 2007

Make Friends - 友達はつくるもの

私が日本で会社を辞め、主人と当時2カ月の子供と3人でマウイへ引っ越してくると決断した時、ある人は言いました。”あなたは、友達も家族もいない異国の地で、きっと寂しい思いをすることになる” 私はすぐに言いました。”友達はまたつくればいい。いまここにいるかけがえのない親友や友達も最初から友達だったわけではないし、10年前にはまだ出会ってさえいなかったよ!” 

 

それまでの私の人生で一番恵まれていたといえるのは友達、いつでも友達が私の人生を照らしてくれたし、私を元気にしてくれました。20代の頃は高校の同級生だった仲間とよく泊まりがけで海へ行ったりスキーへ行ったり、社会人になってからは会社の同僚や先輩とも友達になり居酒屋やディスコにくりだすのは日常のごとく、毎週末のごとく海にスキーにとでかけ、人生楽しくて、このままずっとこの時間が続けばいいとさえ思っていました。そんな時期をともにした友達とはいまも音信がとだえることがありません。結婚をしてからは主人の友達とも友達になったし、日本にいた頃は知り合いだった程度で友達というほどでなかった人とも、何度も何度もバケーションでマウイを訪れてきてそのたびに会って時間を過ごすうちにすっかり友達になった人もいます。

 

正直マウイに来てしばらくは、自分の気持ちの一部はまだ日本にあり、私のことをよく知っていてくれる友達が近くにいないことや2か月の赤ん坊と家にこもっている生活だったこともあり、確かに少し寂しい思いをしていた時期はあったと思います。近くにたまたま住んでいた日本人やその友達などが訪ねてきてくれたり、仕事の関係で知りあった人もいましたが、会ったばかりですぐに心を開けるわけではありません。お互いのことをよく知らないから、なんとなく世間話をしてそれだけの関係、でも細々でもたまに会いたまに話しをし、これに時を重ねていくと、同じ時空を生きてきて、そしていまもまだ生き残っているいわばこの世の戦友のような愛着が自然とわいてきて、”元気? 今日も会えてよかったよ”という気持ちになり、いつのまにか心を開いています。そしてたぶんこれからも時間を重ねるごとにもっともっと愛着がわいてくるのだと思います。

 

”持つべきものは友達”ですが、”持つ”といっても友達は所有物でもないし、自分の都合で無理矢理一緒にいることを強要するものでもありません。友達はその人との関係を ”時間をかけて” はぐくんでいくものだと思います。時間を共有すればするほど、コミュニケーションをとればとるほど、関心を持ち、相手のことがわかり、好きになり、自分がかっこつけることなく心を開ける心地よい人間関係になれるのだと思います。

 

息子のカイは11歳、もうすっかり自分のパーソナリティを持ち、自分の意思で自分の人生を歩みはじめている年齢です。カイは持って生まれた笑顔にオープンなパーソナリティが加わり友達をつくる天才です。大人でも年上でも年下でも女の子でも、まったく壁がなく、誰とでも仲良くなるので、新しい場所(例えば新しい学校、新しいスポーツチーム、新しい地域クラブなど)へ行っても、私がうらやましくなるくらい、すぐにうちとけます。赤ちゃんのころからこの世のものすべてに興味津々、会う人会う人に笑顔をふりまいている子だったのでもともとそういう性質だったように思えますが、小さいときからチームスポーツをやってきたからというのも少しは影響しているかもしれません。

 

マウイでは子供のチームスポーツはすべてボランティアで運営されている地域リーグです。それぞれシーズンが決まっていて(例えば野球は1月〜6月、バスケットボールは夏と秋、サッカーは秋と冬というように)、シーズン前に募集したプレイヤーを適当にバランスよくチーム分けをし、普通はチームの中の誰かの親がコーチやアシスタントコーチをし、シーズン中、同リーグの中で試合をします。チーム分けはランダムですから、仲のよい友達がいるときもあれば、場合によっては全員知らない人であることもあります。少なくとも、チーム内全員誰ひとり残らず仲良しグループであることは絶対にありませんので、そういう意味では、シーズンごとに毎回リフレッシュされた新しいチームメートということになります。

 

今までカイが5歳のときから今まで7年間分所属したチーム数、これに妹のレイのチームも含めて数えたらすごい数になりますが、どのチームのときでも、シーズン初めとシーズン終わりでは子供達同士もその親たち同士もまったく様子が変わります。
わかりやすく言うと、シーズン初めはあなた誰、どこの人?状態で名前も知らない人さえいるアカの他人が、シーズン終わりにはまるで昔からずっと一緒にいる家族のようになり、シーズンが終わってチームが解散になるのが本当に毎度毎度寂しい気持ちになるのです。
シーズン中、それぞれの子供たちのプレイを通してその子たちを知り、同じ時間同じ場所でそれぞれの子供たちの成長や上達を目撃し、同じ目標に向かってチームをサポートし応援する親たち、子供たちとコーチはやはり同じ目標に向かってともに練習し、試合をし、くやしいことやちょっと恥ずかしい思いをしたことや、がっかりしたこと、喜んだことなど、いわば人生の一部をともにし(日本風に言うと、同じ釜の飯を食べた仲とでもいうのでしょうか)、自分のチームに愛着を感じはじめ、本当にひとつのチームになっていくのがよく実感できます。

 

カイは自分から本当によく人に話しかけます。新しいチームが結成されたばかりでまだなんとなくみんなお互いうちとけあってないときでも、”Luke, good game (good practice), Bye. See you tomorrow.”(ルーク、今日はいい試合だったね。バイバイ、また明日ね。)と自分から声をかけ、途中からチームにはいり遠慮がちにしているチームメートにも同じように声をかけ、また不思議なことに、同じチームになったことがなくても、過去自分が対戦したことのあるチームはすでにもう友達だと思っているのか、知らないあいだに仲良くなっていたり、よく話したりしていることもあります。
本当にどこに行ってもフレンドリーなことが取り柄といえるほどのカイですが、おかしなことに、オアフ島で行われたサッカートーナメントで対戦したオアフ島在住の日本人だけでつくった日本人チーム(子供たちも日本語を思いっきりしゃべっていました)には、決して日本語で話しかけることはありませんでした。マウイにはオアフ島ほど巨大な日本人だけの社会みたいなものはないので、カイは日本語にはやや困難あり、つたない日本語を話すことにはちょっとまだ照れがある???

 

あるとき、息子のカイと同じバスケットボールチームになったジョン、一番最初の練習に1回きた後、2度と来なくなりました。 ジョンの弟が私の娘のレイと同級生でジョンのお母さんとは面識があったので、たまたま会ったときに ”練習来ないの?”と聞いたところ、 ”ジョンはチームに友達がいないから、辞めたわ”という答えが返ってきました。
”えー、バスケット上手なのにもったいない!!! バスケットやりたいから申し込んだんじゃないの??? カイはチームに友達がいたことなんてほとんどないよ。友達は最初からいるんじゃなくて、つくるものだよ” とはあくまでも私の価値感なので、その時は心の中でつぶやくだけにしておきました。

 

そう、友達は時間をかけてつくるもの。誰かから与えられるモノでもないし、欲しいと思って即日手にはいるものでもありません。
新しいところに行って友達がいなくてもだいじょうぶ、今日ちょっと孤独感を感じてしまっていてもだいじょうぶ、友達は必ずできます。自分から笑顔とあいさつを与え続け、そして自分から先に相手を好きになることを続けていれば、今日あったあの人と、次会う時にはこのあいだよりも親しみを感じ、1年後にはもっとその人のことを好きになっています。5年後にはかけがえのない大切な友達になっているかもしれません。
友達や人間関係は1日や2日ではつくれません。共に生きる時間が必要です。失恋して落ちこんだ時など、”時間が解決してくれるよ” なんて言いますが、その逆パターン、”時間が人間関係を発展させてくれます。”

sfield

(文中の人称は仮名です)

 

 

by Yoko, July 2006

Communication - コミュニケーション

学校対抗小学生のバスケットボールリーグ、やっぱり”母校”を背負うと自然と皆燃えるようで、試合のたびにプレイヤーもコーチも応援も皆熱くなります。普段から学校生活を共にしている仲間ですでにお互い知った顔ばかりだから結束も早く、毎試合ごとにいざ出陣といった勢い。当然どこのチームも勝ちたい!わけで、こんなに走ってこの子たち疲れないのかな。。。というぐらい、ドタバタドタバタとプレイしています。コーチはコーチで血管きれちゃうんではないかと心配してしまうぐらい怒鳴っていることもあるし、応援席の両親たちは毎回毎回心臓ばくばくしながらの観戦です。

 

昨年はまだ3年生だった娘レイは当然のことながらいわゆる2軍ホワイトチームでしたが、今年は当学校の選抜ブルーチームにはいりました。しかしながら、スターティングラインナップ(日本語ではレギュラーと言うのでしょうか)ではありません。いわゆる補欠(英語ではSubサブ=Substitute, ちなみにBench Warmerなんて言うこともありますがこれは試合に全くでられないプレイヤーを見下した言い方だと思います)です。チームは8人、内訳はすばしっこい5年生男の子1人、身体も大きくスポーツ万能な5年生女の子1人、バスケット好きな4年生男の子1人、バスケットは初めてだけれど運動神経がいい4年生男の子1人、身体が大きな4年生女の子1人、ここまでの5人がスターティングラインナップ、背は高いけどちょっと気が優しい4年生男の子1人、バスケットの経験はあるけど身体がまだ小さくて華奢な4年生女の子2人、この3人がサブ(補欠)です。コーチは2人、私はプレイヤー何人かをまとめて学校から会場となるジムまで連れて行く運転手。

 

最初の2試合は第1ヘッドコーチが指揮をとりました。試合に勝ちたい、そうするとどうも華奢な女の子よりも、すばしっこくてタフな男の子をコートにいれておきたくなるから、自動的に補欠3人のプレイ時間は最小限。指示はスターティングラインナップのプレイヤーばかりにだし、補欠は形だけ仕方なく最小限の時間だけコートにいれているというメッセージが見え見え。補欠の3人はだんだんゲームからもチームからも置き去りにされているような気分になってたのは明らかです。でもこういうのはスポーツの世界では仕方ないし(ちょっと小学生レベルにはタフだけど)、親が否定的になってはいけないと思い、私は娘に”勝ってよかったね!”と言いました。”うん、でも私とマリアはもう1回だけシュートをトライしたかったな”と娘は言いました。まだ9歳の時点にして、補欠というポジションになるのも、チャンスさえ与えられないのがちょっとかわいそうな気がしました。
(ちなみにこの小学生バスケットボールリーグは、各チームのコーチの方針によりプレイヤーの使い方はさまざまで、10人プレイヤーがいるチームなどは5人づつのチームに分けて、メンバーチェンジは5人全取っ替えで均等の時間プレイするところもあります。ただ、このパターンだと上手なプレイヤーも引っ込めることになるので、たいがいそのチームの勝率は悪いです。勝ちにこだわるか、プレイヤー全員公平にプレイさせて負け数をふやすか、いずれにしても何をやっても誰かしらに不平を言われるコーチは大変です。)

 

さて、3試合目からは第2ヘッドコーチ(第1ヘッドコーチは別の仕事と重なり不在のため)が指揮をとりました。チームもなんとなくそれぞれのポジションや役割りが固定しつつありまとまってきています。でもやっぱりサブ(補欠)はサブ。今日は試合までに少し待ち時間があったので、コーチはプレイヤーを集めて作戦会議。それぞれのポジションのプレイヤーに、試合中にそのポジションでやるべき仕事や動き、チームメートとの連携プレイをひとつひとつ確認していきます。そしてちょっと意外なことにその確認作業はサブ(補欠)3人にもまわってきました。”サブのレイとマリアとジャックはコートにはいったら、フォーワードポジションだからディフェンダーをふりきって、逆サイドのフォワードとスイッチして、パスをもらえるようにオープンになるんだよ。あとサブもスターティングも全員、ディフェンスの時は必ず両手をあげてディフェンスし、絶対に相手チームに楽にシュートをうたせないこと!” ホワイトボードにポジションと動きをわかりやすく図式で示しながら説明していました。ーーー

 

ーーー今日の試合はサブの3人は限られた時間ながらも、とても楽しそうに一生懸命プレイしていました。まるでこのあいだの試合とは別人のよう。

 

ベンチに座っていても、コートにはいってから自分がやるべき仕事のイメージができていたから。
自分が与えられている役割が明確だったから。
自分がチームの一員として必要とされているというメッセージをコーチから受け取ったから。

 

子供の反応はとてもわかりやすく、今日の試合での3人のサブ(補欠)の”やる気”は、まるで魔法がかけられていたようでした。
ほんの少しのコミュニケーションをするだけでこんなに変わっちゃうなんて、まさにマジックです。
サブ(補欠)にメンバーチェンジしても、チームのエネルギーレベルは変わらず、すごく強いチームでした。
試合が終わったあとコーチはサブ(補欠)3人にも、"上手にプレイできてたよ”と声をかけていました。

 

英語の挨拶の決まり文句、"Hi, How are you ? "(こんにちわ、元気? うまくいってる? 調子はどう?)、このHow are you ? という言葉は相手 (you) のことを思いやる最も簡単で日常的な言葉、"How are you?" と挨拶すると、"Good, Good, How are YOU ?"と返ってくるから、こちらも "Good, thank you."と返す。例えお決まりの挨拶でも、自分が気にかけられていると感じるとうれしいものです。

 

コミュニケーションをとるということは、相手に関心がある、相手を大切に思っているというメッセージ。
挨拶だけでもいい、目があったらニコっとするだけでもいい。今日会う人に、ちょっと自分の時間を止めて、相手のことを思ってみよう。ほんの少しのコミュニケーションが、私の人生ゲームに小さな素敵な魔法をかけてくれるかもしれない。

coach
 

(文中の人称は仮名です)

 

 

by Yoko, March 2006

Opportunity - チャンス、絶好の機会

12年前日本からマウイへ引っ越してきたとき、日本にとても心残りだったのはサッカーJリーグが見られなくなることでした。でもそんなことはしばらくしたらすっかり忘れ、今はこちらでバスケットボールのNBAプロリーグとNCAA大学リーグの試合をテレビで存分に見られることが楽しみのひとつとなっています。そしてマウイでは1年に1回マウイインビテーショナルという大学一部リーグのバスケットボールの招待試合があり、目の前でプレイヤーのエネルギーを感じることのできる最高のOpportunityです。マウイローカル向けに売り出されるチケットを買うために早々と並ぶ列にはいかにもスポーツおやじといった感じの男性ばかり、そこに女ひとり並ぶ私もスポーツおやじ。
 

バスケットボールはサッカー同様、知れば知る程見ていて楽しくなるスポーツ、ボールの動きやプレイヤーの動き、決められた試合時間の中での戦略や流れなど、知性と忍耐と情熱とチームワークが勝利のカギ。 NCAA大学リーグの試合、シーズン最後のトーナメントになるとWin or Go Homeという後には何もない熾烈な戦いで、同じ位のスキルを持ち合わせたチーム同士の戦いの場合、最後にはチームの情熱指数が高かったチームが勝つんだと思います。このトーナメントはMarch Madnessと呼ばれ、要は毎年3月のこの時期、まさに熱狂のトーナメント試合です。
 

さてマウイでは6歳から参加できる地域のバスケットボールリーグがあり、小学生の学校対抗バスケットボール試合もあります。スポーツはなぜか学校対抗になると闘志むきだしになり、プレイヤーもコーチも応援にも熱がはいるもの、こちらもMarch Madnessです。この学校対抗は対象年齢9歳から11歳。正規のバスケットボール同様、ポイントガード(ボールを味方コートまで運び、ポジションについたチームメイトにパスをするなど、攻撃の起点となるポジションです)がいて、フォワードポジションにセンターポジションと、きちんと教えられたとおり組織的にプレイします。敵のディフェンダーを錯乱し盲点をついてチームメイトにパスを通すのがバスケットボールの醍醐味、しかし、このパスをだすタイミングがなかなか難しい。オープンになってパスをもらおうと動き回るプレイヤー、それを阻止しようと一生懸命ガードする敵のディフェンス。
"Pass it, now !" "Pass it, already!" (今だ、パスしろ!)と何度もパスを通せる絶好のチャンスはあるものの、このチャンスはずっとそこにはいない。アっと思った次の瞬間はディフェンダーに追い付かれもうパスができない状態になっている。動き回るプレイヤー、今だ!と思いきや、判断が1秒遅れただけで、もう Too late(手遅れ)、ディフェンダーが追い付きボールをとられてしまう。。。あっ、今だ、パス! あ〜また手遅れ。。。
Pass, NOW !と言い終わらぬうちにポイントガードの手からボールが離れ、パスがとおり、ディフェンダーがくる前にシュート、よっしゃ ! 

上手いポイントガードは一般席応援団がパスしろ!と思う前に、すでに手からボールが離れている、チームメイトが一瞬オープンになったのを見逃さず瞬時に迷うことなくチャンスをつかみにいっている、パスが通りチームメートがシュートするという成功イメージに直結した動物反射的な直感とチームメートへの信頼がチャンスをつかむ。一方、まだ未熟なポイントガードは、一体何を待っているのかいつまでたってもパスをしない、もしかしたらチームメートが10秒位ディフェンダーにつかれずにオープンになるのを待っているのか、そんな生易しいお膳立てがあるわけないよ〜。
 

こんなプレイヤーの動きを見ていて、これって人生そのものだなと思いました。Opportunity(チャンス)は目の前を絶え間なく流れるように動いている、それをつかんで活かすか、そのまま流すかはポイントガードの勘と判断次第。変な例えだけれど、流しそうめんだって、目の前を絶え間なくそうめんがながれている、意思を決めてつかむこともできるし、そのまま流し去ることもできる。人生には成功するマニュアル本もなければ誰かがしいてくれる安全な線路もない、すべて選択の連続、選択とは公平にあるOpportunity(チャンス)を自分の意思と直感でつかみにいくこと。
 

まるで偶然のようにスムーズに物事が運ぶこともある、それはきっと神様がそうしなさいっていうOpportunityだからそういうときはなされるがままその波に乗っちゃおう。
 

何をやってもどうがんばっても何もうまく行かないとき、それはただ単にまだ時期じゃないってこと、サーファーがひたすら波を待つようにプカプカのんびり浮いていよう、必ず波はやってくるーーいつかやってくるその波にうまく乗れるよう、普段から力強くパドルできる筋力は鍛えておかないと。。。準備なしではいざというときに絶好の波に乗れないから。
 

自分がやりたいこと、こうなったらいいなと思うことをいつも夢みていよう、そうすれば、それにつながるチャンスを見逃さず瞬時に判断できるから。バスケットゴール下のチームメートにパスがとおってシュートし得点できたらいいなとイメージし続けるポイントガードが、いつ訪れるかわからない一瞬のチャンスを狙っているように。
 

小学生のバスケットボールの試合、たくさんの攻撃Opportunity(チャンス)を活かさないでいる試合を見て、このエッセイが頭にうかびました。元気になれる言葉をたくさん発信し、自分も元気でありたいと思いたち、せっかくだから書き留めておこうと思いました。

basket

(文中の人称は仮名です)

by Yoko, March 2006

Merry X'mas 2005 - クリスマスは波と料理とありがとう

今年もお世話になった方や大好きな人にありがとう!と感謝の気持ちを述べるクリスマスがやってきました。

 

マウイ島12月22日現在、摂氏27度、南西の風、ノースショアは3メートルハイの波、この時期にしては今日はやや小さい波、ただ北太平洋上のストームから発生したスウエルが今晩マウイに到達、明日はビッグウエイブになるとの予報、トレードウインドも戻り、明日ホキーパではビッグアクションとなりそうです。今日はそのビッグデイの前の静けさ、そしてクリスマス25日にはまた次のスウエルがやってくるというわけで、クリスマスが週末に重なる今年は、サーファーやウインドサーファーにとっては天からのクリスマスプレゼントが待っているようです。

 

先週日曜日(18日)は、ノースショアホキーパには4メートル〜6メートルハイの波が次々とセットではいり、最高40ノットの強風は木々を激しくゆらしたくさんの木の葉をちらし、一部地域では停電発生。オフショア気味の南西の風が、岸に向かってくる波を白い水しぶきをとばしながら押し上げ、美しい流線型を描いた波の内側の面は大胆に一筆書きをしたようなつるつるの滑走面をつくり、サーファーやウインドサーファーが波と一体となって戯れているという、まさにマウイの季節そのものを語る冬の海、こんな景色は毎年のごとくなんども見ているのに、毎回毎回新鮮で、 自然がつくりだすアートに見とれ、毎度毎度子供たちと、また例えひとりでも ”ワーオ!!!”と感嘆の声をあげてしまいます。 どこへ行くにもホキーパが通り道のハイクが好きな理由は、毎日毎日違う表情のノースショアに出会えること、マリコベイの谷を下って上がるとともに視界に広がるノースショアとウエストマウイマウンテン、何年たっても変わらずに心洗われます。

 

こちらではクリスマスは、日本で年賀状をやりとりするお正月とお世話になった方へ贈り物を届けるお歳暮と好きな人や義理も含めて贈り物をするバレンタインデーがいっぺんにきたかのような楽しくあわただしい季節、11月末の感謝祭休暇が終わると、街はいっせいにクリスマスのデコレーションとなり、大きなコンテナでマウイ島に出荷されてきたクリスマスツリーは店頭に並ぶやいなやすぐに売り切れ、クリスマスショッピングの人であふれます。 特にクリスマス2、3日前からクリスマスイブまでは贈り物をラッピングしたり届けたり、クリスマス行事があったりと忙しく、クリスマス当日はやっとゆっくり過ごし、12/26以降は今年の残りロスタイム、12/31に花火をやって来年の抱負などを考え、新年あけるとあっけないくらいすぐに元の生活へもどります。日本でいうお正月気分や新年会というのがありません。

 

今年の9月より私の長男は中学生(11歳です)となり、12/21の冬休み前最終日は学校は半日、学校ではDJを呼んでダンスパーティをし、その後はホームルームでパーティ、私は前の晩から巻寿司つくりの準備をし、当日は朝5時に起きてせっせと巻寿司をつくりました。前日は贈り物のクリスマスクッキーを大量生産したばかり、クリスマスディナーをつくることを考えると、普段食事係は主人と交代制となっている我が家では、私がもっとも長時間キッチンにいる時期ではないかと思います。
ところでこの巻寿司ですが、マウイに来て子供たちが学校に通うようになってから、生まれて初めて自分でつくるようになりました。サッカーシーズン最後のピクニックパーティで、”寿司づくり教室”で習ってきたばかりの巻寿司をつくってきた友達がおり、それをまねてやってみたのが最初、当初は空中分解ばかりしていた悲しい状態でしたが、今では裏巻き寿司(中が海苔で外側がご飯になっているもの)もつくれるようになり、自分で言うのもなんですが、好評です。
こちらで中身に使う具は、にんじん、紫キャペツ、きゅうり、万能ネギ、アボガド、ツナ缶です。私の知っている日本で食べていた太巻き寿司の中身とは様子が違うのですが、ヘルシーで軽くていくらでも食べられます。こちらのベジタリアンフードショップなどで売っている巻寿司は上記のような野菜に加え、豆腐(木綿豆腐風のかたいタイプ)がはいっていることが多いです。

 

クリスマスクッキーは、今年はじめてアメリカ風に、ジンジャーブレッドクッキーを娘とつくりました。人形型に型抜きしたクッキーにフロスティングでスマイルフェイスを書いていくのは楽しいもの。レシピはもちろん日本のお菓子本からのレシピ、アメリカのスイーツはどうも甘すぎたり風味がかたよっていることが多く、日本のレシピ本でつくるお菓子とマカワオのコモダベイカリー(日系人ベイカー)とワイルクのマウイベイクショップ(フランス人ベイカー)にはかなわないかと思っています。

 

クリスマスになるとクッキーを焼き、今年お世話になった人のことを思い、感謝の気持ちを言葉にしたカードと一緒に自分でデリバリーします。でもいつも贈り物をした人に後日会ったときに言われるのは、”このあいだは素敵なカードをありがとう”です。クッキーはどうでもよかったよという意味ではもちろんないと思いますが(だといいのですが。。!?)。
息子のサッカーチームのチームママ(コーチと子供たちの両親との連絡係)を4年間やりました。シーズン最後にいままでチームママをやってくれてありがとうと皆の前で言ってもらえた時、こんな私でも誰かの役にたてたと思い幸せでした。そのときにもらったプレゼントよりも、ありがとうという言葉がいつまでも心に残っています。
だから、毎年カードにはThank you for xxxxxxxx と、その人の存在の何に対して感謝しているか書いています。 Thank you for car pooling with me, Thank you for your hard work, Thank you for your coaching, Thank you for being nice to me. などという具合に。(ちなみに car pooling=子供のサッカーの練習などに、家の近い人同士で親が順番に車をだして数人の子供をまとめて送り迎えすること。車社会のこちらでは必須。子供も友達と一緒に行けてハッピー。)

 

”ありがとう”と誰にどうやって言おうかと考えていると、不思議と悪いことも忘れることができ、自然と感謝の気持ちがわいてきいます。何かで子供の短所を直すのではなく、長所をのばせ と言う言葉を見ました。長所をのばすことのほうが実際楽しく、短所は悪いところではなく単なる個性の一部、そう言われるとずいぶん気持ちが楽になります。

 

相手に感謝をすること、相手のよいところを探すことに神経を集中すると、幸せな気持ちになってきます。

 

マウイドリームバケーションズに旅のお手伝いをさせていただきありがとうございました。 ご滞在中にお電話くださった方、マウイウインドサーフカンパニーのほうへお立ち寄りいただいた方(働くママで上記のとおりcar poolingしていることもしょっちゅうなので、私はなかなかショップのほうに居るチャンスがなくてすみません)、ご帰国後にメールをいただいた方、また今年はハワイには来られなかったけど過去にお手伝いさせていただいた方、ありがとうございました。

 

beachどうぞ素敵な新年が訪れますように、メリークリスマス!

 

 

by Yoko, December, 22, 2005

 

*プロフィール*
内藤葉子 Yoko Naito
マウイ島にて現地旅行会社と
ウインドサーフショップをしています。
ぜひ遊びにきてください。


マウイドリームバケーション
のホームページ



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